宮廷書記官の復讐記録 | ナノ



【外道な宰相の謀の顛末】


 何て事でしょう。連日徹夜で肌荒れにもお構いなしに行っていた、焼失書簡の復元が漸く終わった(私頑張った超偉い)と同時に、オヴレシア宮廷を直撃していた自然災害及び人的被害が、いきなりパッタリなくなった。

 王を初め城の上層部は、ほっと胸を撫で下ろしたが、私はきっぱり断言しよう。これは、嵐の前の静けさである――と。


 オヴレシアが怒らせた相手は、その名が轟く大国カルフシアである。“英雄王”を始め、切れ者と名高い宰相や、曲者と評判の皇太子。それに加えて陽性俺様オズワルト様に、破壊衝動持ちアルファ師匠と言った、二人で十万の戦士に匹敵する力を持つ、強大な魔導師を手中に収めている。
 8年前から性格が変わっていなければ、オズワルト様があの程度の嫌がらせで溜飲を下げる様な方ではないと明言できる。公明さと共に苛烈さも持ち合わせる王に仕えているのだから、尚更だ。
 おそらく何らかの時期を見計らっているのだろうが、流石にその内容までは把握していない。他人の考える事まで分かったら神の領域だ。一介の宮廷書記官に知るべくもないだろう。

 分からないと言いつつも、一応王には忠告した。まだ間に合うかもしれないから、至急速やかに謝って下さいと。
 しかしそれに対する返答は。

「大方恐れをなして逃げたのであろう。忌々しいカルフシアめ…。攻め入ってくれるわ!!」

 なんて残念極まりない。

 しかも、冗談でも苦し紛れの強がりでもなく、本気で言っているのだからどうしようもない。カルフシアは何に恐れをなしたんだとか、国力差考えてから物を言えとか、言いたい事は多々あれど、口にしたところで取り合ってはくれないのだろう。

 そして輪をかけて最悪なのは、実際にそれを行動に移してしまった事である。国境付近の村への奇襲と共に、あっさりカルフシアへ宣戦布告した王は、たいへんご満悦なご様子だった。それはもう、その麗しの美声で呵呵(かか)と大笑する程に。
 しかし反対に、揃って顔を蒼くしたのは貴族たちである。流石に兵力差は分かっているのか、続々と他国へ亡命する手続きをとっている。まぁ無理もない。ある意味賢明な判断だ。その判断を、何故事の発端である先のカルフシア王女拉致監禁強姦(未遂)事件の前に下すことが出来なかったのか。あれさえなければ、もう少し平和的に侵略されただろうに。どちらにせよ侵略される事に変わりはないのだが。

 少々話が脱線し過ぎたようだ。
 同僚が物言いたげな視線を投げ掛けてくるので、今度は逸らさず重要な要点を述べよう。

 【カルフシア王女拉致監禁強姦(未遂)事件】

 宰相ギルティの提唱、貴族の賛成、王の受諾によって実行された、名前の通りの事件である。

 マナ石発掘の利権争いにおいて、オヴレシアはカルフシアに、かなりの圧力を掛けられた。
 その際利権を認めるのと同時に、オヴレシア王朝にとっては不利益な(国民に対しては歓迎すべき)条件も飲まなくてはならなかった。立場だけで見たら、あちらはお願い“する”側、こちらはお願い“される”側なのに、オヴレシアばかりが不利な条約を結ぶ事になったのは、王の器の違いと外交官の格の違い、そして圧倒的な国力差であろう。それにしても情けなくて涙が出そうである。全く何たる事であろう。

 目頭が熱くなったが、涙は流れなかった。今度は書簡は汚れずに済みそうだ。良かった良かった。だから同僚よ、手巾を探さなくていいから。差し出されても受け取れません。使わないから。

 いかん、話を戻そう。
 有体に言えば、カルフシアとの条約に不満を覚えたオヴレシアは、ささやかな(宰相談)報復として、カルフシア王の愛娘である第一王女を攫って傷物にしようとしたのである。他国の王宮から王の娘を攫い、あまつさえ襲わせようなど、最低な謀(はかりごと)である。尚且つ行き当たりばったりで自分の首を締めると言っていい行為に、声高に異議を唱えたが、私を待っていたのは10日間飲まず食わずで地下牢に閉じ込められるという罰だった。普段の王の行いからすれば、軽い罰だったと言えよう。ちなみに10日間分記録がないのはその様な理由からである。

 結果として、どんな伝手があったんだが、巷で有名な優秀な暗殺者を雇えたお陰で、王女をオヴレシア郊外のとある館へ誘拐する事までは出来た。が、報酬分の仕事を終えた後、あっさり暗殺者が行方を眩ませた途端計画崩壊は始まった。

 計画の舞台となった館は、猟奇殺人もかくやという有様だったそうだ。そしてその犯人は、大切な恋人(おひめさま)が攫われ、怒り狂う兄弟子オズワルト様であった事を記しておこう。

 館に控えていた者は、オズワルト様の粛正により生き地獄を見せられ、カルフシアへ連れ去られた後刑に処された。しかしそれだけである。他国の王族を害そうとしたにもかかわらず、一族郎党同じ末路を辿る事がなかったのが意外である。存外カルフシア王は甘いのかもしれないと初めて思ったのがこの時であった。

 この失敗に終わった事件以降、オズワルト様からの嫌がらせが続いていたのだが、当然の事であろう。しかし重ねて分を弁えない王の宣戦布告。これはもうオヴレシアを滅ぼして下さいと言っている様なものである。世間もカルフシアを正義とするだろう。


 いいぞカルフシアもっとやれ。




【オヴレシア国記】
―マグノス歴8年外交譚
書記官 ラヴェンナ=ルシェド



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