宮廷書記官の復讐記録 | ナノ



【マナ石の現状と祝い事】+α

 私がオブレシアで最後の記録をとってから、先日カルフシアで就任の挨拶を述べるまで、一月半の空白があった。その期間に、カルフシアは着々とオブレシアを侵略していた。失礼、平和的に併合した。
 オブレシアの国民にとっては、心の安寧と日々の生活さえ保障してくれれば、上が誰だろうと関係ない。彼らは慎ましく毎日を生きている。重税や徴兵、理不尽な勅命さえなければ、不満も抱かず反発心も起こらない。統治するのが自国の王だろうが他国の王だろうが、自分たちを脅かしさえしなければ、血筋も家格も関係ないのである。
 オブレシアの貴族は長い歴史に誇りを持っているが、民はそんな事に興味はない。誇りなんて腹の足しにもならない。持っていたところで何の得にもならないそれを、あっさりどうでもいいと捨てるから、易々と併合されるのだろう。実際民にとってはその方がいいのだ。併合とは言っても、オブレシアは搾取される側の立場でしかないが、マグノス=セスティアロレス=オブレシアの圧政に比べれば、人間らしい生活を望める分はるかにマシだと断言する。

 さて、カルフシアの“英雄王”は、オブレシアの統治と並行して、マナ石採掘にこれまで以上に力を入れた。故国オブレシアとの取り引きで、既に採掘権利を持っていたカルフシアだが、そのオブレシアを滅ぼした今、どこにも遠慮する必要はない。さらに言えば、かつての取り引きの建前は、あくまで圧政を敷くオブレシアへの断罪の糸口でしかなかったわけだから、嬉々として採掘にあたれば他国の非難を浴びる事になっただろう事は想像に難くない。
 “英雄王”と言えどカルフシアの一国王。カルフシアの益を真っ先に考えるのは当然である。オブレシアで採れた石であろうと、その恩恵は併合された弱国オブレシアには届かない。民はまだ、気付いていないけど。
 されども“英雄王”の名前は伊達じゃない。オブレシアの民をむやみに弊するわけではなく、新たに事業を打ち出し民の雇用も行なった。マナ石採掘にあたるのは、オブレシアの男たちである。採った石の泥を落として、加工前の綺麗な状態にするのはオブレシアの女たちである。きちんと給金を払われる職を得たというのは、彼らにとっては大きなことだ。現に、現場ではカルフシア王への感謝の言葉も聞くという。
 ただ、別の面を覗くなら、鉱物発掘に伴う負の要素も、オブレシアに押し付けたとも言える。発掘に鉱毒や汚染はつきものだ。カルフシア王は、医療を専門とする宮廷魔導師を採掘場に駐屯させているが、逆に言えばそれは、カルフシア王も、魔導師に頼らざるを得ない状況が起こりうると認識しているということだ。もっともだからこそ、きちんと対策として貴重な魔導師、それも宮廷魔導師を派遣するところに“英雄王”の人柄が見受けられるとも言えるのだが。

「……お前、カルフシアに仕えている自覚はあるのか?」

 元同僚、今は書物庫の一警備兵に降ろされた男が、横から口を挟んだ。以前から思っていたが、彼はただの警備兵のくせにいちいち口出しし過ぎである。オブレシアでは、仮初めとはいえ“同僚”という立場だったからいくらでも顎で使えたが、既に“警備”という重要な職についている彼を雑用に使うことは出来ない。カルフシアはオブレシアと違い、きちんと仕事をする書記官しかいないようだが、私が特殊な立場だからか、それともあのサユハ女史の後任だからか、物理的にも心の距離も、オズワルト様と、その婚約者であられる第一王女の温度差くらい開いている現状だ。そのせいで私は今のところ、ほとんど雑記帳にしか物を記せていない。

 さて、話は変わって先ほどちらりと述べた、オズワルト様と第一王女について語ろう。近日お二人の関係は、婚約者から婚姻相手へと変わる。婚約から婚姻まで期間が短いように思えるが、それは表面上のこと。実は王女には内密で、婚約前から着々と輿入れの準備はされてきたのである。それこそ、故マグノス=セスティアロレス=オブレシアが、後宮で妃方に目隠しプレイを懇願されている時から。
 さすがにオブレシアとの対外関係が悪化の一途を辿っていた時は中断されたそうだが、それでも半月後に行われる結婚式には十分間に合う進みと聞いている。最近のオズワルト様の有頂天ぶりは、道ですれ違う人全てに花を降り注ぐ程で、いつかの鳥の糞との落差をしみじみ感じる今日この頃である。しかしだれかれ構わず花まみれはあまり良いことではなかった。
 隣の警備兵以上に筋骨隆々の逆三角形の身体に、オトコは顔より心意気だと自分を慰めていそうな風貌をお持ちの将軍に、メルヘンな花吹雪が舞う様は、一言視界の暴力に尽きた。これは悪口ではなく客観的な事実である。現にあの日は気持ち悪さを訴え医務室に運ばれる者が後を絶たなかった。加えて将軍も同様の症状に見舞われたのは、前日に降った雨で出来た水溜まりに写る自分を見たからではないかと推察する。
 実害を出しながらもテンションが下がらないため、しばしばアルファ師匠に物理的に雷を落とされるオズワルト様とは一転、第一王女はこのところ自室で臥せっておられる。よほどオズワルト様との婚姻に思うところがあるらしい。オズワルト様は「そんなに喜んでくれたんだな! シュリアちゃん愛してる!」とデレデレ笑み崩れていたが、真相は第一王女のお心の中だ。しかし引きこもる直前の王女の言葉が「黙りなさいこの勘違い男!」であったことから心情は察する事は出来るだろう。

 さて、書庫を任される前は王女の近衛に就いていた警備兵に、王女が心配ではないのかと、それとなく厄介払い、ではなく助言をしたのだが、「構わん」の一言で切り捨てられた。薄情な男である。
 警備兵とは名ばかりで、実際は私の監視なのだろうが、特に何事も起こす予定も気力もない私に人員を割くなど無駄の極みである。オズワルト様も何か一言上に進言して下されば良かったのに。アルファ師匠はちょっとアレだから期待していないが、オズワルト様は性格と性質と気性を除けば少しは信用しているのだ。特に私をよく理解している点において。■■■■■■■■■■■■■■■■

 失礼。「あの方はシスコン」と私の書いたものを覗きこんだ警備兵に、昔懐かし金ダライが襲来し、直撃によろけた警備兵が私にぶつかったせいで、インクがかなりとんでしまった。まさかカルフシアに来てまで経験する事になるなんて。ついでに今の体勢は非常に書きづらい。ぶつかってきた警備兵が、私に体重をかけないように、私に覆いかぶさるように両手を机につくせいで、身動きがまったくとれない。しかも勢いを増した金ダライが次々襲うため、警備兵も退くに退けない状況だ。いやはやしかし、元近衛までも無力化するオズワルト様の金ダライの威力の凄いこと。ただの金属の器のくせになかなか恐ろしい武器である。

 さて、首もとに息がかかるような距離感で記録を録るのは心情的になかなか難しいものがある。
 一時中断して、続きは後日記そう。


【カルフシア国記】
―書庫人雑記帳
書記官 ラヴェンナ=ルシェド


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「お前、カルフシアに仕えている自覚はあるのか?」

 流してもそれ以上突っ込まれなかったのをいいことに、私はこの質問に答えなかった。だってそうでしょう。私たちは書記官だから、記録に嘘は書けないの。けれど本音を言ってしまえば、無駄な懸念を生むのも分かってる。私たち書記官に出来る精一杯の誠実は、“白紙”。オブレシアの昔の記録には、いくつも白紙の文書が残ってる。それは彼らに出来る唯一の抵抗で、職務放棄や本末転倒という言葉を抑えて、ずっと使われてきた手法。一度罪を犯した私が堂々と言えることではないけれど、だからこそ、これから私は絶対記録に対して不誠実な真似はしないし、サユハ女史の意志を損なうことはしない。

 警備兵――ああ、駄目だわ。しっくりこない。……元、同僚。……これがいいわね。彼が疑念を抱いたように、これからも私のカルフシアの書き方に文句をつける輩が出てくるでしょうけど、私はそれに屈する気はさらさない。そんな人たちには自信を持って断言してあげる。これが私の書き方です。含みも罪悪感もありません――と。
 もっとも元同僚は、「何の画策もしていないというならそう見える文を書け」と言っていたけれど。
 私の書記官としての自負は、本職が戦闘員である彼には到底理解出来ないのでしょう。それでも彼の言葉を聞き入れはしなくても受け止めたのは、その言葉が、純粋な心配から発せられたから。

 監視要員のくせに甘いわね。人選間違ってるんじゃないかしら。

 それがたとえ真摯な忠告であろうと、私が書記官として生きる限り、自分を曲げることはない。
 絶対に。


記 ラヴェンナ=ルシェド


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