宮廷書記官の復讐記録 | ナノ



ラヴェンナ=ルシェド様

 秋立つ風もさわやかな月も過ぎ、菊香る季節となりました。

 私事にとりまぎれ、ご無沙汰いたしておりますこと、申し訳なく存じております。十年前に初めてお会いして以来、一度も文を出す事無く、寂しい関係を築かざるを得ない状況でございましたが、どうかラヴェンナ様がお目覚めになられて、この文を読んで頂いた後には、同じ、国主の長女という立場同士、仲の良いお付き合いをさせて頂きたいと、心より願っております。

 お恥ずかしながら、このように筆をとる機会は滅多になく、オヴレシア宮廷で書記官を務められていたラヴェンナ様にとっては、体裁の整っていない無教養な文と思われる事と思います。何かご不快に思われる事もございましょうが、わたくしは他意なく認(したた)めておりますので、どうかご寛容なお心で最後までお付き合い頂ければと思います。


 ご報告が遅れましたが、この度わたくしシュリア=リタ=カルフシアは、ラヴェンナ様の兄弟子であられるオズワルト=オズボーン様と、婚約を結ぶ事になりました。
 アルファ様を除けば、たった一人の身内であるラヴェンナ様に、このような大事を事後報告でお伝えする事を、大変心苦しく思います。オズワルト様はラヴェンナ様にとっても大切な御方。わたくしは一国の王女としても、一人の女としても、ラヴェンナ様をお慕いする一個人としても、やはりラヴェンナ様の意志を無視して勝手に婚約者の位置に立つことなど出来ません。ラヴェンナ様がわたくしとオズワルト様の婚約に異論があるのでしたら、謹んでこの婚約を白紙に戻す所存にございます。遠慮や配慮はいりません。わたくしは、嘘偽りないラヴェンナ様の「婚約はやめなさい」という本音を聞きたいのです。いえ、その言葉しか聞きたくないのですッ。



 申し訳ありません。少し取り乱してしまいました。感情が昂ぶって文字が崩れてしまいましたが、読めない事はないでしょうから、書き直す事はしないで続けようと思います。…――正直に申しますと、婚約白紙が書かれた書き損じの文をオズワルト様が見つけてしまうと、少々面倒な事になってしまうので、多少の汚れや誤字なら気にせず続けます。ですので贈り物としては酷い文になってしまいますから、初めにお断り申し上げます。


 さて、本題でございます。

 実は、わたくしはラヴェンナ様に、謝らなくてはなりません。

 それというのも、ラヴェンナ様がオブレシア宮廷にお仕えしていた時に、度々ラヴェンナ様のお仕事の邪魔をしていたユリシス侯は、わたくしの兄なのでございます。わたくしの兄、ですが王家に名を連ねる者ではありません。しかしわたくしと血が繋がっていないわけでもありません。お察しの良いあなた様ならもうお分かりと存じますが、わたくしは、カルフシア王夫妻の血を引いてはいないのです。
 わたくしは、王妃様の妹君と、オブレシア国のとある男爵家の跡取りの間に生まれた娘でございます。わたくしの上には既に、母の違う三人の兄がいらっしゃいました。その一人がユリシス侯です。
 わたくしの母は、王妃様と姉妹というだけあり、身内贔屓を抜いても、素晴らしい肢体を持つ麗人だったと記憶しています。「白く柔らかな肌に、服の上からでも分かる肉付きの良さ。思わずむしゃぶりつきたくなるね」とは、ユリシスの言です。母は魅惑の身体の持ち主でしたが、やや夢見がちで世間知らずであり、そのような無礼な言葉を面と向かって言われても、「あらあら、ありがとう。でも食べないで下さいね。もっと美味しいご飯を作って差し上げますから」と、何の含みもなく答えるような方でした。ユリシスも毒気を抜かれたのでしょう、それからはわたくしや母に、家族として、優しく接して下さいました。と言っても、わたくしは当時言葉も分からぬ幼児でございましたので、全て後からユリシスに聞いた話でございますが。
 では、殆ど触れていなかった男爵家の跡取りについてお話しします。家名は伏せますが、ラヴェンナ様ならお分かりだと思います。ユリシス、そしてわたくしの父は、俗に言う、“惚れっぽい”男でございました。好きになるのは“たおやかで儚い”ひと。わたくしの母も、身体が弱く、儚いひとでありました。そして三兄の母君たちも。父は女性を大切にする方ではありますが、情熱的な方でもありました。物語の人物の様に、どんな苦難も乗り越え、身分差があろうと二人で幸せになってしまう方でした。物語ならそこでめでたしめでたしなのですが、現実は違います。わたくしの母は、オブレシアにとっては異国の身分の高い女。あまり爵位の高くない父には過ぎる方です。三兄の母君たちも、それぞれ特殊な出であったり、身分が違ったり、母の前にも物語の如く、「当人たちは幸せでも、周りにトバッチリという名の被害が続出する……」ラブロマンスを演じていたに違いません。事実わたくしは幼少期は、それなりに苦労して参りました。遣る瀬ないのは父の惚れっぽい性質です。“儚い”方がお好きな父は、必ず病気がちな、先の長くない女性を愛するのです。わたくしの母の様に。……苦労して結婚しても、それ故に結婚生活は短い。父は夫婦となっている間は、周りの目を気にせずただひたすら妻を愛しますが、その期間はとても短いのです。妻の死によって終止符を打つ比較的安らかな日常は、父の新しい恋によって、毎日が修羅場と言っていい、凄惨な日常にとって替わるのです。
 わたくしの母を含め、それが四人分。胃が痛い話です。本命は一人で、法を侵す事こそありませんが、結果的に物語の王子や騎士の役割を一手に引き受ける父は、所謂台風の目でございました。周囲の被害は甚大なのに、本人は無傷。わたくしは本質的な意味で、父ほど恐ろしい人間を見たことがありません。


 ……申し訳ありません。前置きでしたのに、つい切々と書き綴ってしまいました。反省し、端的に記していこうと思います。
 母亡き後、博愛主義の父は、あろうことか今は亡きマグノス=セスティアロレス=オブレシア王に恋をしました。あの時我が家に走った戦慄は、今でも忘れる事が出来ません。
 一番上の兄は、穏やかに「どどどどこを好きになったのです」と訊きました。穏やかにと言いましたが、吃っていたので内心穏やかとはかけ離れていたと推察します。父はにっこり笑い、「あの儚いところかな」とおっしゃいました。二番目の兄は、おそるおそる「どの辺りが儚いんだよ」と訊きました。語尾に絶望が滲んでいました。父はにっこり笑い、「善政を敷いていた前王を謀殺したんだ。自分で自分の首を締めるとは、先は長くないだろうな。……あぁ、なんて儚い栄華に散る方なんだ……」と興奮に頬を染めました。三番目の兄、ユリシスは、頬を引きつらせ、「本気?」と訊きました。心中お察しします。父はにっこり笑い、「むろん」と首を縦に振りました。最悪です。

 わたくしは母が亡くなると、カルフシア宮廷に引き取られました。それが父と母が婚姻を結ぶ上での、一つの条件だったと聞いております。そして王夫妻の養女となったのですが、絶世の身体を誇る母と、金髪碧眼の甘い面立ちの父の血を引くわたくしは、色素も要素も、カルフシア王夫妻の実子と言ってもおかしくない程度にはお二人に似ておりました。そして宮廷では、「シュリア姫は本当にカルフシア王夫婦の娘で、暗殺を警戒した王が、今まで存在を隠していた」と、事実無根の噂がまことしやかに囁かれる様になったのです。
 これはわたくしが五つの頃の話ですから、八年前の、父の最悪な恋の芽生えに、わたくしは立ち会ってはおりません。全て、死んだ魚のような目でカルフシアに「このような事を頼むのはお門違いですが、ほんとスミマセン俺たちにはもう無理ですどうかどうかあの父をどうにかして下さい……!」と、蒼い顔で駆け込んできた三人の兄から聞いた話でございます。あまりの事態に目頭が熱くなりました。

 ――ラヴェンナ様。一つ、思い違いをして欲しくないのは、わたくしの父は、八年前の事件には何の関与もしていない、という事です。父の恋のきっかけは確かにそれですが、本当に、事件自体とは、少しも関係ないのです。ラヴェンナ様のお心は、わたくしには察する事が出来ませんし、このような弁明を聞いても苛立ちになるだけかもしれませんが……、八年前には、無力なわたくしは何も出来ず、お悔やみの言葉さえお伝え出来なかった事、心苦しく思います。しかし、父は、マグノス=セスティアロレス=オブレシアの反乱には、全く関わりを持っておりません。また、亡き宰相の謀による反乱でしたので、わたくしどもごときに事前に察知する術はなく、あのような事件の際も、全てが終わるまで全く動けなかった事を、言い訳と承知で書かせて頂きます。


 本当に、何度も逸れて申し訳ありません。わたくしの最初の謝罪は、兄であるユリシスの行為に対してのものでございます。
 カルフシアに助けを乞うた三兄は、次の日には再びオブレシアに戻っておりました。情けない話でございますが、わたくしに国の機密は話せぬと、何故戻ったのか、それは知らされておりません。ですからわたくしが唯一知っているのは、ユリシスがラヴェンナ様に、度々無体を働くような真似をしていた事実だけでございます。「ユリシスはそんな事はしない」と断言出来たら良かったのですが、母に言った言葉が言葉ですし、八年の空白がございますし、正直に申し上げて、「ありそう」と思ってしまったのでございます。
 レグルスから、「あの野郎、オズワルト様に制裁下された?ぬるい。俺がやる」という恐ろしい言葉と共に知った事実ですので、信憑性は高いと、この場を借りてお詫び申し上げます。
 兄の行為を庇う言葉はありません。自己満足と受け取られても仕方のない事と存じます。ですが、わたくしも囮として、未遂とはいえ似た行為をされた身、不快感はよく知っております。ラヴェンナ様、どうか、犬に噛まれたと思ってお忘れになる事をお勧めします。わたくしもオズワルト様からの行為は、そう思う事にしておりますので。



 ラヴェンナ様がお倒れになって早ひと月。日増しに寒さが加わる月の来る前に、再びお会い出来る事を祈っております。


 かしこ シュリア=リタ=カルフシア


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