引きこもり | ナノ



『五月十日 授業後A』



『んー、聖志……』
 ――何?
『いや、その……ね。うん』
 ――だから、何?
『ああ、うん。ええっと……あー』
 ――何なんだよ。
『……お前はあんな大人になるなよ』
 ――……はぁ?


 そう言った彼女は、どこか遠い目をして乾いた笑みをこぼした。



***


 結局、俺たちは逃げられなかった。
 問答無用で俺と美乃の手首を掴み、足で教室の扉を開けそのまま放りこんだ金佐賀は、実にイイ笑顔で二人の人間を紹介した。

「西園寺(さいおんじ)高倉見(たかくらみ)と京屋敷(きょうやしき)花(はな)だ」
「……」
「………」
「…………」
「……………」

 無言の俺達。そして紹介された二人。

「おいおいテメェ等、もうちょい社交性身に付けとかねぇとやってけねぇぞ?年長者からのアドバイスは真摯に聞くもんだぜ」

 やれやれといった風情で首を振る金佐賀。

「……」
「………」
「…………」
「……………」

 四人分の視線が金佐賀を射抜いた。

「……えーっと、さすがの俺もちょーっとばかし傷付くんですけどー」
「……金佐賀先生」

 初めに口を開いたのは、男子生徒――西園寺だった。

「俺も京屋敷も、何の説明も受けていないんだが」

 うんうんと京屋敷も頷く。

 あれ……?

「えー? 言ってなかったか? 俺。なーんと藍染玩具から転入生が来るから、一緒にお喋りしよーぜーって」

 その言葉に勢い良く俺たちを見る二人。目を見開き、口をパカリと開け、ぎょっとしたように声を揃えて、

「――藍染玩具ーッ!?」
「ちょ、聞いてませんよ先生っ!!」

 揃ってはいなかった。
 惜しい。実に惜しい。言葉を放つまではピッタリ揃っていたのに、やはり現実はこんなものなのか。

「え、うそーマジ? ごめーん」

 金佐賀の軽いノリは誰に対しても同じらしい。謝罪感ゼロで謝る金佐賀に、二人が白け切った目を向ける事から、このセンセーはこれが通常運転なのだろうとアタリをつける。初対面の姿はやはり、……やはり、何だ。まぁ悪ふざけか気まぐれか俺の幻だろう。俺の中で金佐賀の評価が下がりまくっている証である。
 視線を隣に移すと、美乃は我関せずという顔で爪のささくれを引っ張っていた。地味に痛い。美乃じゃなければ自傷癖があるのかと疑うが、こいつに限ってそれはないだろう。そういやドMの安西さん、虐められるのは好きだが自傷癖はないらしい。本当にどうでも良かった。

 と、遂に、このままではラチがあかないと思ったのか、隣の美乃様が動いた。

「……初めまして、葉琴美乃と申します。こっちは唯里聖志。今日から白無地に通うことになりました。以後お見知り置きを」

 そして一礼。
 そのまま教室を出ていきそうな美乃に、慌てた様な声がかかった。

「3−Aの西園寺高倉見だ。男子寮の寮長をしている」

 西園寺先輩は、金髪を刈り上げた体格の良い男だ。身長は二メートル近くあり、しかも筋肉質な為、かなり大柄に見える。俺も背が高い方なのだが、それでも話すときに首が痛い。

「あたしは京屋敷花。3−Cで、女子寮の寮長よ、よろしくね」

 京屋敷先輩は、対照的に小さい。全体的に小さい。顔も体も手も胸……ゴホン、何でもない。
 二人並ぶと大人と子供……いや、大人と赤ん坊位の差が……。

「ちょっと!あたしは150センチはあるんだからね!さすがに赤ちゃんはないんじゃないっ!?」

 あ、俺口に出してました? えーっと、どこから? それにしても京屋敷先輩、怒る姿も子犬がキャンキャン吠えている様で微笑ましい。……子犬……子犬かぁ……倫子ちゃん、犬好きだったよなぁ。
 可愛い妹分を思い出して一人ほっこりしてる俺をよそに、上級生二人は。

「京屋敷、うるさい」
「え、酷いよ高倉見くん! 今のはこの子が悪いじゃんっ!」
「何にしろお前がうるさいことには変わりない。もう一度同じ注意をされたいか?」
「ええええ何それ何それ何それ! 何でそんな上からなのっ? あたし泣くよ? 泣いちゃうよ?」
「泣けば?」
「わーん高倉見くんの馬鹿ーっ!!」

 ……上級生二人は、珍漫才を繰り広げていた。つーか京屋敷先輩ほんとに泣いてるし。
 これは止めるべきか放置するべきか。
 そもそもの原因は自分だということを軽く棚上げして勝手な事を考えていると、横から冷静な声が聞こえてきた。

「それで先生、失礼してよろしいでしょうか 」

 うん、美乃さんさすが。上級生を完全にスルー。

「あー……お前等、ほらほら、二人が帰っちゃうでしょ。その辺で止めとけって。あと京屋敷、そんなんだから下級生になめられんだぞ?」
「あたし限定っ?」
「文句あんのか」
「あるけどナイですぅ!」
「よしよし、良い子だからそのまま落ち着いて本題移ろうなー」
「きーっっ! むーかーつーくーっう!」

 ……もう面倒くさいヤダこの人達。割と温厚な俺もイライラしてきたんですけど。癒し。癒しが欲しいぜ倫子ちゃん。やっぱ俺学校生活送れる気しねぇよ。
 だけど、そんな思考もすぐに塗り替えられる。
 ――気づいて。隣で冷気通り越してダイヤモンドダストが吹き荒れてる美乃さんに気づいて。俺冷や汗出てきたんだけどねぇ凍っちゃうガチで死んじゃう。

「悪いな、気にするな」

 西園寺先輩が突っ立ったままだった俺と美乃に席を勧める。
 一般的には空気の読めるフォローが得意な好青年と言えるんだろうが、早く帰りたい俺としては、

(えー…、勧めるの、席。長居するつもり無かったんですけどー。くそ、この人空気読めるようで読めてないなこの野郎)

 これ以上ディスるのは良心が咎めるから、これくらいにしておこう。多分美乃は軽く数倍は悪態ついてるだろうし。

「おうおう悪いなー。いや、やっと本題に入れるな。あー、スマンスマン君達」

 金佐賀が全然悪いと思ってない口調で謝る。いや、お前は悪いと思えよ、つか大元はお前のせいだろ。さっきから担任の評価が俺の中でダダ下がりなんだがどうすんだ。初日からパネェ。
 悪口止めようと思った直後、再び始めてしまったが、これは俺が悪いんじゃない。金佐賀のせいである。
 ふと、京屋敷先輩はどうなったんだと視線を下げると、一心不乱に茶菓子を頬張っている姿を発見した。

 ……りす? え、あれりす? 少し長めの茶髪から覗くくりっとした目や、菓子でパンパンに膨らんだ 頬が、どこぞの小動物を思わせる。……おい金佐賀……、茶菓子でつるなよ。ていうかこの先輩大丈夫なの? お菓子あげるって言われたら知らない人についてっちゃうんじゃないの。
 俺からの生温い視線を感じ取ったのか、小動物……もとい、京屋敷先輩は、はっと何かに気づいた表情で俺を睨み付け、叫んだ。

「あげないわよっ!」


 そこじゃねーよ。


 おそらく誰もが突っ込んだ。


prev next

bkm

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -