引きこもり | ナノ



『五月十日 授業後』



『女って怖いよな』
 ――しみじみと何言ってんの。
『いやいや、怖いって本当。最近あーちゃん見てて特にそう思う』
 ――……レ、麗華姉サンハ怖クナイヨ。全然。ムシロ優シイヨ。
『……君も苦労してるんだな……。あーちゃん以上に怖い女はそうそういないだろう』
 ――そんな事言ってると、また麗華姉さんに怒られるよ。


 うん、女って怖いよ、ホントにね。



***


 教室に戻った俺を出迎えたのは、美乃の絶対零度の視線だった。

 にこっ。
 そして氷のごとく冷ややかな表情のまま口角を上げる。

「ここに来て初めての昼休み。有意義に過ごせた?」

 ――私をおいて一人逃げるとはイイ度胸ねぇ。で?この貴重な時間を使って学校の調査くらい勿論してるわよねぇ?

 美乃の背後にドス黒い何かが見える。カオスな何かが。

「……は、はは。いや、特にこれと言って特筆すべき点はありませんねぇ」

 ――すんません何もしてきませんでした。

 にこぉぉっ。
 ちょ……美乃さん……?そ、そんな人間の口の限界に挑戦みたいに笑わなくても。裂ける裂ける裂ける。や、マジ裂けますってそれ以上は。

「聖志。後でちょっといい?」

 ――逃げんなよ。

「……おう」

 俺は素直に頷いた。





***


「おーい。葉琴、唯里、ちょっと来い」

 今日の全ての授業が終わったところで、担任に呼ばれた。
 朝の女子達は、午後の授業の合間もキャイキャイ騒ぎ、まさに今この時も俺達に話しかけようとする動きを見せていたから正直この呼び出しは有り難い。
 美乃と一緒に金佐賀の後をついて歩くと、担任はおもむろにふぅ…と何やら哀愁漂う風情でしみじみと呟いた。

「……面倒くせぇ」

 ……駄目だろコイツ。

 こんないかにもダリーやってらんねーって面と態度の教師見たの初めてだ。
 初対面では普通の奴(センセー)に見えたのに。つか口調変わってね?あの爽やかな感じはどこいった。第一印象って当てになんねぇなおい。

「金佐賀先生、校内は禁煙ですよ」

 そうそう言ってやれ美乃!教師はやっぱ体裁が大事だからな。煙草なんて……、え、煙草?

「るせー。生徒が教師に口出しすんな。俺に命令出来るのは俺だけだ」

 本当に吸ってる……。あれ、なんかスゴイ堂々としてるけど駄目だよな、禁煙だよな。しかも言い訳ぇええ。いいのか現役教師。それPTAとか教育委員会とか敵に回す台詞だぜ。

 あー、っとにだりぃ……と文句を言う担任を、改めて眺めてみる。
 一昔前に話題になったらしい草食系男子の正反対のタイプ。
 野性的で渋い大人の魅力全開の雰囲気だ。
 あ、なんか似たような人知ってるかも。

「唯里ー。俺は男から熱い視線を貰っても嬉しくねーぞ。言いたい事あるなら言えや」

 振り向きもせずそんな事を言う。
 あんた後ろに目ぇついてんのかよ。

「いや……別に……。俺らが呼び出された理由って何なのかなぁって考えてただけです」

 まぁ転校初日に担任に呼び出される用件なんて大体想像つくけどな。大方転入手続きか学校説明か……。

「んあ? あー、そうだった。……ま、ここまで来りゃ大丈夫だろ。――おい、唯里、葉琴」

 あくまでもこちらを振り向くことなく淡々と。

「お前ら藍染玩具の人間だろ?」

 目の前の男は爆弾を落とした。





「はい。よくご存じですね」

 隣から聞こえた声にぎょっとする。
 美乃が表情を変えることなく頷いていた。

 コツ。
 金佐賀の足が止まった。

「……否定しねぇんだな」

 そしてゆっくり振り返り、俺達に向き直る。
 自然体そのままの美乃を一瞥し、ちらりと俺にも視線走らせ、煙草を苦々しそうに噛む。

「だって、”藍染玩具の人間なんだろう”って言われて、違いますって答えたって信じてもらえないじゃないですか。根拠が有るからこそ断定口調だったんでしょうに」
「カマ掛けたとは思わねぇのか?」
「カマ掛けるにしたってやっぱ根拠がいるんですよ。否定して半端に警戒されるよりは、別に疚しい事が有るわけではないので、堂々としてた方が気が楽ってものです」

 女生徒殺害目的で入学した美乃は、爽やかな笑顔で言い切った。

「園梨(そのなし)みてぇな奴だな……」

 更に苦い顔になり、そう吐き捨てる金佐賀。
 園梨? 聞き覚えのある名前だ。確か神薙先輩が……、ってオイ。美乃と似てるって言ったか。
 ――美乃が二人。え、何ソレ世界の終わり? だから俺まだ死にたくないんだって。いやいや無いでしょうさすがにこんな人格持つ人間が二人もいるなんてまさかそんなえええ……。

「聖志くん、どうかした?」
「ごめんなさい美乃さんほんとすんませんいででだからその手を放して下さいいだだ」
「何故か突発的に人間の頬の伸縮性の限界が知りたくなって」

 自分で試せ。
 とは言えないので(相手は美乃様だぜ?)赤くなった頬を押さえて蹲る。
 勿論次に来るであろう第二撃の予防である。
 美乃は一回で攻撃の手を止めたりしない。二回三回と追い打ちを掛けるタイプだ。
 ……ピンヒールでつま先抉られた時は死ぬかと思ったなぁ。
 良かったここ学校で。美乃の比較的害の無さそうな靴を見ながら初めてそう思った。


「それで先生、ご用件はそれだけですか?」
「ん?あー……実はな。お前らにさっきの質問したところでどうせ『違いますよ』か『藍染玩具って何ですか』って答えしか返ってこないだろうから、よしじゃあ証明してやるついて来いっつって目の前の教室に連れ込んでいっちょ尋問してみますかーってつもりだったんだがよぉ」

 俺の耳が正しければ、今このセンセーさらっと凄ぇ事を言った。尋問?尋問ってあれだよな。俺の知ってる単語だよな。

「まさかあっさり肯定するとはなぁ……俺の計画水の泡じゃねぇか」
「じゃ、もう帰って良いですか」

 センセーも大概だが美乃……、お前本当に……、なんつーかホント……、アレだな、うん。どこまでもマイペースだ。悪い意味で。

「ああん?…おーい待て待て。いやぁ、この部屋ん中、拷問手伝って貰おうと人呼んであるんだって。お前らここで返したら俺の立つ瀬ねぇじゃん。な、俺の顔立ててくれよ」

 尋問からグレードアップ。そしてその言葉の意味は黙って拷問されろと。

「先生の都合じゃないですか。私関係無いですし」
「おいおい待て待て。ほら、知りたくねぇ?何でお前らの正体分かったかとか」
「知りたくないと言えば嘘になりますがそれ程大きな興味も無いです。ではこれで」
「待てって。ちょっと付き合うだけで良いからよぉ」
「拷問に?」
「いやいや、アレ冗談。ジョーダンだって。そう警戒しなさんな。オイほら唯里、お前もずっとしゃがんでないで説得しろよカノジョ」

 ついていけない会話に耳を塞いで、蹲ったままEXCEL関数をAから順に数えていた俺。わざわざ首根っこを掴んで立ち上がらせながら金佐賀が言った言葉に、俺は戦慄した。

「カノジョじゃねぇの?」
「違っ「そーですカレカノです今からデートです。邪魔しないでね、先生」………ウン。ソウソウ。デートダカラ、俺達行クワ。ソレジャ」

 あのいやあの……、美乃さん……、

 超怖い。


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