引きこもり | ナノ



『五月十日 昼休み』



『女の魅力って何だと思う?』
 ――また唐突だね。
『別にいいだろ。で、何だと思う?』
 ――顔の可愛さとスタイルの良さ。
『最低だな』
 ――と、犬飼(いぬかい)兄さんが言ってました。
『五歳児に何ふきこんでんだあいつ』


 後日、日頃から俺に飴やら何やらを色々くれるお兄さんの顔に、綺麗な手形が付いていた。





***


「へぇ、転校生なの。私、神薙(かんなぎ)緑華(りょっか)。君より1コ上。よろしく」

 とりあえず木を降りて自己紹介すると、そんな言葉が返ってきた。
 ウェーブのかかった茶髪を指にくるくる巻き付けながら、さっきの驚きの表情とは一転、実に楽しそうな表情で俺を見る。

「で、何で木登り?」

 う……と言葉に詰まると、さらに顔を輝かせながら爆弾を落とした。

「もしかして、道に迷って帰り道分からなくなってどうしようと黙考した後近くの木が目に入りそうだ上から探せばいいじゃんと思い至って実行したクチ?」
「エスパーっ!?」

 おもわず力一杯叫んでしまった。
 その反応に大爆笑の先輩。

「――あははははっ!わー久々に笑った。やだ君最高。まさかホントにそうだったとは。そんなストイックな顔して何その間抜けな行動……っ」

 木にばんばん手を叩きながら笑ってる。超笑ってる。

 ――知らなかった。人間笑われすぎるともの凄く馬鹿にされてる気分になるんだな。

「……そういう神薙先輩だって、顔と行動合ってませんよ」

 ささやかな反撃に出てみた。

「んー?それはアレかな?見ため派手なチャラ系美女なのに、そんな大口開けてバカ笑いするなってことかな?」
「やっぱエスパーっ!?」

 つーか美女って自分で言ったよこの人。否定しないけど。

「あ、あははははっ……!」

 どうやらまた笑いを提供してしまったらしく、先輩はヒーヒー涙目で木を叩いていた。





「さすがに笑い過ぎじゃないですか?」
「いやごめん。本当ごめん。もう君の存在がツボりすぎて」
「それ貶してますよね。謝りながら貶してますよね」
「気にしない気にしない」

 俺とこの賑やかな先輩は、連れだって校舎に向かっていた。

「いやー、それにしても 面白いね、君」
「初めて言われましたよ」
「君の周囲にも面白い人が集まりそうだなぁ。退屈しなそう」

 聞いちゃいねぇ。

「人生は楽しくなくっちゃ。だから面白い事大好きよ、私。つまり君もね」
「それはどうも」
「んふふ♪ 君ってほんと最高。大好きよー聖志くん!」

 すげぇ。美女に好きって言われてここまで嫌な気持ちになったの初めてだ。いや、好きと言われたのも初めてだが。って言わせるんじゃねぇよ悪いかよ。

「最近つまんない事ばっかだったから、この出会いに感謝感謝。神は私を見放さなかったのね。毎朝太陽に向かって拝んだ甲斐があったわぁ。あの退屈な生活があと三日も続いてたら発狂してたもん確実に」

 どんだけ快楽主義なんだこの人。
 ――と、いう感想とともに、一つの単語が引っ掛かる。

 “太陽”

 これが物理的な太陽を示すのなら問題ない。だがもし、これが“ある人”を指す比喩ならば、おそらく、神薙先輩は――、


「あ、そうそう。君ってさ、第一印象を見事なまでに裏切るキャラだねってよく言われない?」
「先輩にだけは言われたくありません」
「それは質問の答えにはなってないよね。さりげなく誤魔化したって事は図星?」

 ……え、詐欺じゃん。この流れで鋭さを発揮しますか先輩。

「この場合沈黙は肯定と同義だよ。というかそんな隠す事じゃないでしょうに」
「俺は正体不明(ミステリアス)が売りなので」
「知らんがな」

 でも何にしろ最終的には軽口のやりとりになるんだな。





 ――そんな感じでゆるーい会話をしながら歩き続けていると、ふと先輩が立ち止まった。

「うーん、名残惜しいけど、この辺で失礼するね」
「え?でも校舎はまだ先ですよ?」

 俺達の視線の先には堂々とそびえ立つ校舎。の、一部。
昇降口まではまだ少しある。

「私はちょっと野暮用が」

 にこっ。

 キラキラ度20%増し(当社比)のアルカイックスマイルで言われちゃそれ以上突っ込めないでしょう。いねーよそんな勇者。

「……そうですか」

 この分じゃ何であの場所にいたかも教えてくれなさそうだ。
 あの辺なんも無かったし、他の生徒の姿も皆無だったから気になってたんだが。

「私は秘密主義(ミステリアス)が売りなんで」
「知らんがな」

 あはははっとまたひとしきり大笑いした後、神薙先輩は去っていった。

 ……よく分からない人である。





***


「まさか宏一さんと同じことしてる人に会うとは思わなかったわ」

 少女――神薙緑華は、くすくすと笑みを溢し、トロリと溢れる“それ”に向かって指を突き付ける。

「ねぇ、まさか藍染が来るとは思わなかったわ。それともやっぱりあげはちゃんは、これも予想してたのかな?」

 つぷ、ツプ、づブぷ。

「もーう、私は秘密主義(ミステリアス)が売りだけど、あげはちゃんは秘密主義(ミステリアス)も正体不明(ミステリアス)も売りなんだね。あっはー私と聖志くん足しちゃった。何か邪推出来そうな言い回しじゃない?」

 ぼこ、ぼここ、ボコ。

「さて、さすがにそろそろ行かなきゃだよねぇ。次は園梨ちゃんの授業かぁ。あーぅサボレん。じゃ、行ってきまーす」






 はーん。
 さて、何のことやらさっぱりだが、やっぱり神薙先輩は薄墨あげはの知人だったらしい。それもかなり親しい。
 勝手に足されてしまった俺としては不本意だが、まぁその、あの先輩美人だし……ごにょごにょ。

 ひとまず、現状維持のまま様子見ってとこだよな。

「ってやっべーさすがに俺も遅れる」

 今度こそ、俺はその場をあとにした。


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bkm

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