『五月十日 昼』
『ところで少年、君の名前は何というんだい?』
――今更だね。
『そう言うなよ。出会って一ヶ月なんて初対面と変わらんさ』
――そうかなぁ。
『そうだよ。ふむ、では私から名乗ろう。私は――』
***
「葉琴美乃です。よろしくお願いします」
「唯里聖志。よろしく」
別によろしくしなくていいけどな……と思いながら、クラスを見渡す。
――二人に突き刺さる視線。
好奇心。無関心。嫌悪感丸出しなものや、探るようなものまである。
……あーあ。
予想はしていたが、思った以上に今回の仕事は難しいものになりそうだった。
***
職員室までの道すがら、いくつか美乃に忠告されたことがある。
「あんた、白無地学園がどんなとこか知ってる?」
「全然」
溜息が返ってきた。
「……白無地は唯一、一九族が支配できていない学校なの。だから各家は一門の優秀な人間を送り込んで、実験を握ろうとしている。でも職員として入り込もうとしても、学長の平等院(びょうどういん)律子(りつこ)に阻止されるから、生徒として送り込むの。学長は生徒ならどんな立場の人間でも受け入れるから。つまり、学園内には、各一族の未来を担うであろうエリート達が盛りだくさんなわけ。生徒名簿見ればわかるけど、明らかに他の学校と比べて一九族ゆかりの名前が多いわ」
どうやら俺のために、我らが美乃様がご講釈してくれるらしい。
聞かなくても大丈夫じゃね? と思うが言わない。俺はまだ死にたくはないのである。とりあえず有り難く厚意を受け取っておこう。……見返りが怖いが。
「……ふーん。でも何で一九族はこの学校を支配したいんだ?」
ふんふん聞きながら思った素朴な疑問を口にすると、ブリザードもかくやという冷たい一瞥を頂いてしまった。ゴメンナサイ。
「……考えてもみなさいよ。この国に一九族の息のかからない場所がある?」
「……あー……、我らが藍染玩具と同業者くらいか?縹葉(はなだば)は除くとして」
「そう。私達は例外として、一介の学校が一九族から独立しているなんて、普通に考えてありえない。つまり、今まで一九族の支配を逃れてこれた“何か”がこの学園にはあるってこと。そしてその“何か”に関することを一九族は狙ってるってことよ」
「……はぁ、壮大だな。でも俺らには関係ないだろ」
「大ありだ馬鹿者。今回のターゲットはその一九族の一人よ? しかも次期宗主。彼女もその“何か”を狙って白無地にいるに決まってんじゃない。その彼女を狙う以上、私達もその“何か”に関わらざるを得ないでしょうが」
「……成程。つか美乃よくそこまで頭がまわるな。しかもそんな知識、どこで仕入れたんだ?」
驚きと感動を言葉にする。しかし返ってきたのは、相変わらず冷たい一言だった。
「情報は雨傘ちゃんからもらったの。それと、私の頭がまわるんじゃなくて、あんたが頭使ってないだけ」
「ひでぇ」
そして美乃から出てきた名前に再び驚く。美乃と雨傘さんの不和は、藍染中が知っている。確かに“情報”と言えば雨傘さんだが、まさか美乃が自ら雨傘さんに協力を求めるとは思わなかった。しかも雨傘さん、俺にターゲットの薄墨あげはの情報をリークしてくれた本人だが、白無地が全寮制だという情報だけは、わざと言わなかったのだ。俺がここに来た原因の一端を十分に担っている。しかし他の人間ならいざしらず、俺は雨傘さんには強く出づらい。くそ、泣き寝入りっきゃねぇじゃん。
「事実でしょう。……それはともかく、私が言いたいのは、そういうスーパーエリート達がうじゃうじゃいる所なんだから、不自然な行動とったら即目を付けられる可能性が高いってこと。だから今回の仕事は一に慎重二に度胸、三四がなくて五に運しだいってとこね」
「……美乃さんにしては投げやりな言い様ですねぇ」
いつも不敵な美乃の珍しい姿におもわず言葉を漏らすと、ふ…と哀愁漂う感じで答えられた。
「当たり前でしょ。今回の仕事内容ありえないし。遠回しに死んでこいって言われてる様なもんだし。マジないわぁ。憂鬱。――でもほら、無茶な依頼、私達いくつもこなしてきたじゃない。なんとかなるかなって。……それにあんたの仕事だから正直私あんまやる気ないし、あんたがドジって失敗したら私はさっさとズラかろーって軽い気持ちだし」
てめぇ最後が本音だな。
やはり美乃はどこまでも美乃だった。
「まぁでも、慎重にやるに越したことはないわよ。……はい、着いた」
「お。君達が編入生だね。俺は担任の金(かな)佐賀(さが)だ。よろしく」
職員室の前で俺達を待っていたであろう三十そこそこの男の声を合図に、外行きの笑顔を浮かべた。
***
「ねぇねぇ葉琴さんと唯里君って知り合いなの?」
「きゃー葉琴さんって肌超キレイ。どこの化粧水使ってるの?」
「唯里君、わからない事あったら何でも聞いて! 私が教えてあげるからっ」
「あっずるい私が教えてあげるぅ」
姦しい。
SHRが終わった途端、俺らの周りを囲んだ女子数名。
彼女達は、さっき好奇心一杯に俺らを見ていたグループだから、無害だとは思うのだが、別の意味で疲れる。
にこやかに隣で受け答えしてる美乃を素直に尊敬する。
「うーん、でも珍しいよねー。二人も転校生が来るなんて。しかも同じクラスに」
「それはあれでしょ?このクラスの二人が転校しちゃって空きができたからでしょ?」
――転校、ね。
ちらっと美乃を見るが無視された。ひでぇ。
チャイム音。
「おーいお前ら席着けよー」
教師の声を嬉しいと思ったのは初めてだった。
「だから嫌なんだ……」
一から三限後もSHR後と全く同じ事を繰り返した俺は、四限終了と同時に教室を飛び出した。
窓から。
後ろから美乃の『裏切り者っ』という視線をビシビシ感じたが、無視だ無視。
窓からといっても一階なのでなんの問題もない。
……いや、別の問題はあるのだが。
本当に俺は大丈夫なんだろうか。いや無理だ。俺に学校生活はおくれねぇ。これはマジで早く仕事を片付けないとヤバイ色々。主に精神的に。
つらつら考えながら歩く。
今は昼休みなので、そこかしこで昼飯を食ってる人影が見えるが、食に淡白で、普段ビタミン剤と栄養ドリンクで生活している聖志は、別段お腹が空いているわけではないので散策を続けることにした。
そして歩くこと10分――。
(あー……これは……認めるのは非常に不本意だが、世に言う迷子というやつ……?)
唯里聖志は道に迷っていた。
白無地学園の侵入者対策のための無茶苦茶な設計のせいもあるが、これは普段家に籠もっていて外出する機会がもの凄く少なく、位置把握能力が三歳児以下の聖志の性質によるものが原因の多くを占めている。
仮に美乃だったらこんな事にはならなかっただろう。
(……うーん……どうするか)
残念なことに周囲に人の気配がない。来た道を戻るも、途中で道が四股に分かれていたところで挫折した。
(……これはマジでやばいかもしれねぇ)
携帯は教室。つまり連絡手段はゼロ。
聖志の脳内に、『悲劇!校内で道に迷い遭難死』という見出しの新聞が浮かぶ。
(か、かっこ悪っ。うわぁ絶対嫌だ)
不吉な想像(イメージ)を振り払おうと、頭を振った聖志の目に、ふと、周りの木がとびこんできた。
「はじめからこーすりゃ良かった」
辺りの木で一番高い木に登りながら言う。
上から見りゃ方向なんて一目瞭然。つかなんで今まで気づかなかった俺。ウロウロ無意味に歩き回って余計な体力使ったじゃねーかよ。
ヒラリと枝の上に立つ。
「……っと、ん? んんー? おおー見える見える。あっちか」
そして木から降りようと視線を地面に向けた時。
「――えっと……はじめまして?」
地上で目をまん丸に見開き自分を凝視する女子生徒に、とりあえずへらっと笑ってみた。
bkm