引きこもり | ナノ



『五月十日 早朝』



『少年、人生はあきらめと開き直りが大切なんだよ』
『奇跡?そんなもんに頼れるのはやれる事全部やってもう打つ手なしって時だけだ。何もしないうちから頼っちゃ駄目だろう』
『あはははは!癇癪起こして許されるのは三歳児までだよ。あとは失恋した女子かな』


 男はダメなの? と聞いた俺に、彼女は笑って肯定した。



***


「馬鹿、アホ、引き篭もり、ネット中毒、中学の成績オール1、考えなし、迷惑野郎」

 今俺は、目の前を歩く幼馴染に、力いっぱい淡々と罵詈雑言浴びせられている。

「ヘタレ、ドM、彼女いない歴=年齢」
「おい待て今のは否定するぞ!」
「全部真実でしょう」

 即答。
 おいおい美乃さん? 君はそういう目で俺を見てきたのかい?

「――っありえねぇ!俺っていうクールなキャラを全否定するワードの数々!俺はヘタレでもドMでもねぇ!それは安西(あんざい)さんの専売特許だ!」
「彼女いないのは否定しないのね」

 ぐっはぁ。

 こ……こいつ……。いくら真実でも言って良い事と悪い事はあるでしょうがっ!
 十七歳の男にその台詞は禁句だぞ!

「それに安西はまごうことなきMだけど、ヘタレじゃないわ。どっちかっていうとそれは久遠の方じゃない?」
「あー…確かに」
「……ちょっと久遠本っ当に変わってないの?私がいなかった二年で全くっていって言い程?あいつもう二十六じゃなかったっけ」
「おーむしろ磨きが掛かってる」
「……マイナス方面に成長してどうすんのよ……」

 助かったぜ久遠さん。

 俺への非難を忘れて目の前で脱力している幼馴染に一安心し、俺は心の中で同じ藍染玩具の先輩詐欺師に、心から感謝を捧げた。






 俺が美乃に非難されているのには理由(ワケ)がある。
 それは今回の依頼に深く起因していた。
 事の起こりは今朝――。

「ハイ聖志クン。しっかり働いてきてネ★」

 そんなふざけた言葉と共に渡された物。
 それは。

「……え?ちょ、なんでブレザー?」

 黒を基調とした制服一式だった。

「何でって、そんな君の反応にナンデ? だヨ☆ 薄墨あげはチャンは全寮制のガッコに通ってるんだから、君もそこに潜入しないとダメだろ?」
「……全寮制……?」
「そう☆ 白無地学園高等科3ーC在籍。君の1コ上の先輩だゾ」

 いやそれは知ってる。成績優秀スポーツ万能人望ある十八歳。ついでに立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と形容され、初等科の頃から美少女と名高く、ミス白無地に三度輝いた実績を持つ。男女ともに彼女を慕う者は多く、隠れたファンも多い。

 ……いやでも、全寮制……? え、まじ……? え……? 俺に高校行けと……?

「あれぇ、もしかして聖志クン。フツーのガッコだと思ってたのカナ?」

 おい何でテメェいきなり目ぇ輝かせてんだよ。おい。……おい!

「あー、じゃあガッコ帰り狙おうとしてたんだねぇ★ 残ー念ーでーしたー☆ それはムリだゾ。聖志クンも入学し・な・い・と★」

 ……く。くっそお前今滅茶苦茶うれしそうだな!俺が嫌がってんのがそんなに嬉しいか。久遠さんと違って何て嗜虐嗜好な人なんだ。この変態鬼畜野郎。

「ちゃーんとお姫サマ(りんこちゃん)にお別れ言っとくんだヨ☆」

 そうか……それでか倫子ちゃん。
 少しいなくなるだけで何で馬鹿呼ばわりされるか疑問だったんだけど、謎が解けたよ。
 倫子ちゃん寂しがり屋だもんな。自意識過剰でも思い上がりでもなく、客観的に見て俺にべったりだもんな。
 学校内じゃ仕事しづらいから絶対長引くよな。しかも寮生活じゃしばらく会えないよな。

 ……冗談じゃねぇ。

「旅に出ます」

 宣言と同時に踵を返す。

「ヤレヤレ☆ 困ったコだなぁ」

 後ろからそんな呟きが聞こえた。






 結論から述べよう。

 俺の逃走劇は三秒で終わった。


 バンっ。

「さぁ行くわよ聖志。……つべこべ言わずにさっさと着ろ」

 ドアを力強く開けた先には、氷の微笑で制服を一瞥する一人の姿。


 葉琴美乃――幼馴染との、二年ぶりの再会だった。





***


 そして冒頭に至る。

 怒りを大爆発させ俺にネチネチ文句を言い職員室に向かって歩く幼馴染の後をタラタラついていく俺。いまだにネクタイから手を放してくれない。
 つかオーナーもさー。俺が逃げんの予想して見張り付けんのは分かるけど、なんで美乃? 他の奴に頼めよ。美乃じゃぜってぇ逃げられないじゃん俺。そうかだからか。

「あんたのせいで私のほのぼの女子高生ライフは終わりを告げたわ」

 低く、美乃が呟く。
 確か、美乃はどっかの金持ち夫婦に孫として買われたんだったか。子供に先立たれ、老い先短い余生を少しでも華やいだものにしたいと、孫と一緒に暮らす時間を希望した老夫婦。
 暗示をかけ、美乃と本当に家族の様な姿を見せながら帰っていったのは二年前。美乃は高額商品だから、どれだけの金を払ったんだと、呆れを含んだ感動を覚えたのは記憶に新しい。

「めずらしく犯罪じゃない依頼だったのに。普通の女子高生としてエンジョイできてたのに。契約期間はまだ三ヶ月先だったのに。オーナーからあんたのこと言われた直後になんかタイミング悪く“不幸な事故”で私を買ったお客さんが死んじゃったからここに来る羽目になったのよ!」

 ”不幸な事故”……ねぇ。

 お互い“わかっている”が何も言わない。
 オーナーに文句を言える奴なんて、この世にはいないのだから。



「うぅ……私は別に買われたわけじゃないのに……」

 それ以外の文句は多々あるらしいが。




 ――葉琴美乃(はごとみの)。
 彼女もまた、藍染玩具店の商品である。
 商品ナンバー001、”掃除屋”。またの名を、“紅の皇女(ブラッドエンペラー)”。

 彼女はぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ文句を言っていたが、やがて(やっと!)ふっと溜息をついて、口を閉じた。
 そして苦笑する。

「……ま、どうせ逃げられないんだし、さっさと終わらせてさっさと帰るか。聖志」

 私達は、どう足掻いても籠の鳥だしね。

 そんな呟きが、風に乗って聞こえた。


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