引きこもり | ナノ



『五月十日 朝』



私立白無地学園(しりつしろむじがくえん)。

歴史は古いのにやけに新築校舎のような輝きを放つ建物と、和と洋が入り交じった重厚な雰囲気の庭園。

それらを視界の端に留めながら、彼――唯島聖志(ゆいじませいし)はゆっくりと歩を進めていた。

否。

歩を進めていたという言い方には語弊があるかもしれない。

より正確に言うなれば、彼は引っ張られていた。

引きずられていた。

「美乃(みの)」

さすがにいくら緩くとはいえ首に絞めたネクタイを引っ張られって歩くというのは身体的にかなりの負担がかかり、目の前を歩く幼馴染に訴えてみる。

「首痛ぇ」
「お黙り」

瞬殺だった。

むしろネクタイを引っ張る力がより強く なったと感じるのは彼の思い過ごしだろうか。

作戦変更。

「………美乃さん?ちょっと、あの、これは、かなり、キツイんですが…?……できればその手を離して俺の半径一キロメートル以内に近づかないで。切に」

下手に出てみた。

ばっ。
そんな音が聞こえるくらいの勢いで彼に向き直る幼馴染。

ぐいっとネクタイを引っ張られ、思わず前屈みになり、頭一つは下にある美乃と強制的に視線を合わせられる。

「……どの口がそれを言う………?」

地を這うような声に、彼は地雷を踏んだことに気づき、引きつった笑みを浮かべる。

が、時既に遅し。

「――っあんたが駄々こねて駄々こねて駄々こねて高校行きたくないとかほざいたから私がお目付役として一緒に行動させられてんでしょうがっ!私は転校なんか、したくなかったわよっ!!!
今だって私があんた放したらこのまま全力で逃走する気満々のクセにいいいっ!被害者ぶって語ってんじゃないわっっっ!私に文句言う権利は多分にあるけどあんたには皆無よこんの引きこもりがあああああっ!!!!!」

雲一つ無い青い空いっぱいに、幼馴染の絶叫が響き渡った。





***


20XX年、日本___
黒染(くろぞめ)、葡萄染(えびぞめ)、薄墨(うすずみ)、鈍(にび)、青鈍(あおにび)、二藍(ふたあい)、浅黄(あさぎ)、青丹(あおに)、縹(はなだ)、紫苑(しおん)、青朽葉(あおくちば)、萌黄(もえぎ)、菅草 (かんぞう)、蘇芳(すおう)、梔子(くちなし)、山吹(やまぶき)、朽葉(くちば)、檜皮(ひわだ)、紅梅(こうばい)。

やけに古めかしいこれらの氏を持つ者達を総称し「一九族(いつくぞく)」と呼ぶ。

彼らは政治、金融、軍部、司法、ありとあらゆる権力の中枢に強大な力を誇る。

ゆえに、一九族の一つでも欠けることになれば、日本は大混乱に陥るであろう事は、裏の世界の者も表の世界の者も大人から子供まで誰もが理解しているであろう”常識”であった。

一九族こそが人類(われら)のルール。

そんな至高の存在が、一九族なのである。

しかし。

それでもその微妙な均衡を崩し、権力を握りたいと考える者はいる。
今の地位に上り詰めるまでありとあらゆる方法 をとってきた一九族を恨む者もいる。
またそのどちらでもない理由から反旗を翻す者もいる。
それは一九族の外だけでなく内からも。

いくら頑強な城であっても。

地盤が脆くては意味がない。


――それが一九族の実態であった。

(うっわ、権力なんて握るモンじゃないね。あー僕一般庶民で良かったー)

これが一九族の話を初めて聞いた時の唯里聖志の感想である。
この発言は彼がまだ純粋で純朴な五歳の時のものであるが、それから12年たった今、彼に同じ事を問えば、おそらく後半部分は消えた答えが返ってくるだろう。

何故なら彼は、”一般庶民”と名乗るには、いささか常識からはずれた環境に身を置いているから。

唯里聖志、17 歳。引きこもり。
趣味:特になし。 特技:ハッキング。
藍染玩具店、商品ナンバー015”ハッカー”。
またの名を、”舞台裏の独裁者(オフステージ・ディクテーター)”。

これは、生々しく、血生臭く、荒々しく、猛々しく、女々しく、醜怪で、醜悪で、偽善的で、偽悪的で、懐疑的で、猜疑的で、蠱惑的な世界へ、挑発的に、高飛車に、笑みを浮かべて挑戦状を叩き付けた、一人の少年の物語である。


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