翁の話2

翁はまず風呂を沸かして少年を風呂場へぶちこんだ。
少年は自分が何をされているのか理解できない様子でごしごしと自分の体を
洗われているのを呆然と眺めている。
そのうち翁はその手をぴたりと止めてあとは自分でやれと言い残し風呂場から出て行った。
少年はほんの少し泡の立った湯を見つめていたがそのうちのそのそと
翁がしていたように自分の体を洗い始めた。

翁は風呂場から出てすぐに料理に取りかかる。
ポチから乳を貰い、野菜を切ってこれでもかと煮込んでやる。
普段はそこそこで火を止めるが何しろ少年の体を考えると
とにかく食べ物を吸収しやすくしてやらなければと思ったからだ。
どうして見ず知らずの子供を拾い、体調まで気遣ってやらねばならないのだろうと
考える自分と、それはしなければいけないことなのだと責任を感じている自分の
二人がせめぎ合っていた。
くつくつと煮立つ鍋を眺めてあの子供を拾って何をするべきなのかさえわからないまま、
翁は終わった、と短く呟いた少年がいる風呂場へ向かって着替えをさせた。

「これをたべろ」

「これはなあに」

「スープだ」

少年はゆるゆるとスープを食べ始めていたがやがて何かのスイッチが入ったように
息をするのも忘れてスープをすすりだした。
ばしゃばしゃと乱暴に食べるのであちこちに汁が飛び散っていたが
もはや目の前の食べ物を体に押し込める事しか頭になくただひたすらに
口の中へ放り込んでいく。
やがて目から大粒の涙を流して鼻水をすすりながらも翁が作ったスープを食べ続けた。

「どうして私に『声』を届けた」

『それが必要だと思ったからだ。違うか?』

「…違わない」

翁は、自分の頭上あたりを漂っている風の精霊から視線を逸らした。
がむしゃらにスープを食べていた少年がスプーンをしっかりと握りしめたまま
頭をかくり、かくりと動かしている。
満腹になってきたのと、食べることに体力を使ったので急激な眠気に襲われているらしい。
このままでは皿に顔をつっこむか、そのままひっくり返ってしまいそうだったので
翁は少年の首根っこを掴まえて引きずり、ベッドへ放り投げた。
スプーンを握ったままの少年は一瞬びっくりした表情を浮かべていたが、
いつも眠っている冷たく硬い石畳とは違う柔らかなベッドに包まれると
瞼が重く垂れさがり、すぐに寝息を立て始めた。

その翌日からは翁は少年に色々なことを叩き込んだ。
まずは、衣食住をするための技術。
最低限人として生きられる方法を教えた後、一般教養を覚えさせる。
もともとは王城に仕える魔術師なので城下の町民よりも、より高度な教養を受けていた
翁は、上流階級のしきたりも教えた。
だが少年は知識として覚えてはいるようだがそれを自分の身につける気がさらさら無いらしく
その振る舞いはほとんど町民とかわらなかった。
スラム街にいたことも原因としてあるのかもしれないが、
少年自身がこの知識に重要性はないと判断したようだ。
最も、翁も少年が上流階級の人間と進んで関わるとは思っていなかったので、
そこそこに済ませ、ようやく魔術についての指導をはじめた。

魔術こそが、翁が少年に呼ばれた理由だった。
何一つないがしろにせず、必要な事をじっくり、そして確実に教えていくと
少年は面白いほどにその身に吸収していく。
自分の技術を継承させる為に拾ったわけだから当たり前のはずだったが、
ここまで呑み込みが早いと翁も面白くなっていったのだった。
初歩的な魔術、難しい魔術、使ってはいけない魔術、倫理に反する魔術と
それはそれはたくさん教えた。
特に翁は風の魔術を丹念に教え込んだ。
だが、どうにも少年には風の魔術よりも水の魔術の方が合っているらしく、
やたらと水の精霊が少年の手助けをしてくる。
水の精霊に風の精霊と代わってくれと頼んでも彼らはかたくなに少年から離れようとはしなかった。

「翁、いいよ。俺、水の魔術で頑張るから。弟子ができたら頑張って風の魔術教えるよ」

「アガタ」

「大丈夫。俺は翁の弟子だからね」

翁は頭一つ小さいアガタに何か言いかけたがすぐに口を閉じた。
アガタは出会った時こそ表情のない少年だったが翁に拾われてからは
よくころころと表情を変える感情豊かな少年に育っていた。



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