翁の話

鏡を見るのも、水面を見るのも、とにかく自分の姿が映るすべての物を
排除したかった。
おぞましい姿になった自分をありふれたローブで必至に隠しながら街の中を歩く。
ローブを少し汚して着ていたのは正解だった。
そのおかげでおかしな客引きに声を掛けられずに済んでいたからだ。
皆、その汚いローブを目にすれば渋い顔で自分から離れてゆく。
きっとローブを脱いだならもっと離れて行くに違いないのだと考えたら
悲しくて涙が出そうになった。

生まれたときからこんな醜い姿になったわけではなく、
つい最近まではそれなりに容姿の整った好青年であった。
それが何を間違ったのか…、いや自分はなにも間違えてなどいない。
間違っていたのは周りの仲間であった『物達』。
仲間の魔道師達は翁の才能に嫉妬し、狂い、そして本来、
国のために使うべき魔術を、翁を陥れるためだけに使用し、その体を醜くした。
更には闇の魔術師と勝手に決めつけ、嘘八百を並べ立て王へ進言して
翁を城から追い出したのだ。
どうしてこれほどまでの仕打ちをされねばならないのかと
翁は悲しんで悲しんで

憎んだ。
そして今後一切、城へは近づくまいと心に誓ったのである。



街を歩いて食料を調達していた翁はさっきから耳のまわりで声がするのが煩わしかった。
最初は無視を決め込もうと思っていたが次第に五月蠅くなっていったので
とうとうしびれを切らして声のする方へ向かうことにした。
声は細い路地からなるスラム街の方から聞こえてくる。
いくら顔が醜く小汚いローブを着ているとは言えそれは街の中の話。
この位の風貌の人間はスラム街では当たり前だったので頭のおかしな人間に
絡まれない保証はなかった。
警戒しながらスラム街を進んでいくと、声の主を見つけた。
小さく細い男の子が道のくぼんだところに寝そべっている。
食べ物を十分に食べていないような栄養が足りていない体つきに
目を細めた翁はその少年の傍らに立ち、短く少年に呟いた。

「来るなら来い」

「…?」

少年は知らないローブの男が見下ろしながら声を掛けた状況がよくわかっていないらしく
反応鈍く目だけを泳がせている。
見ず知らずの人間に来いとだけ言われたのもそうだが、
少年はしばらくまともに食事をとっていなかった為、体力が落ちており、
衰弱気味であった。
けれども翁はそれ以上言わずに踵を返すとゆっくりと歩き出した。
少年は暫く翁の背を見つめていたが力の入らない腕に、
今まで込めたことの無いくらいの力を精一杯込めて、体をなんとか起こす。
ふらふらと壁を伝いながら一歩また一歩と翁の後をついて行った。
翁は背後から少年がついてきている事を時々確認しながらゆっくり歩き続けた。
少年はスラム街から出て街の中でも壁伝いに歩いていたが時々人にぶつかったり物にぶつかったりと転んで立ち上がり歩くを繰り返していたが翁は手助けを一切しない。
それでもはぐれそうになれば少年の傍まで戻って一定の距離を保って歩き出す。
それを繰り返してようやく街の外に出た頃には少年はもともと無い体力の殆どを
使い果たしてへとへとだった。
翁は溜息を吐き、道ばたに落ちていた石ころを拾うとがりがりと地面に魔方陣を描いた。
そして少年の手を少し乱暴に引っ張って魔方陣まで引きずると魔法を使って
自分の家まで飛んだ。


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