「おいで、秋太。こっちにどんぐりがあるよ」

「とうさん、おれガキじゃないんだよ?そんなのでよろこばないよ」

「あっきのこ」

「えっどこ!ねえきのこどこ!?」

「うっそー」

「………」

「あっはっは、すっごい顔まんまるだよ、秋太」

子供が頬を思いっきり膨らませて父親を睨み付けても
父親は恐れをなすでもなく小さな頭をくしゃくしゃと撫でてそれきりだ。
大人と子供の歩幅は驚くほどに差があって、おいでと促す父についていくのが精一杯の秋太は、
いつもと違う柔らかく『おうとつ』のある道に悪戦苦闘する。
さっきから木の実だって、虫にしたってなんでも父親が最初に見つけてしまうくらい
余裕が無かった。

「もうやだつかれた、かえろうよ」

「なんで?ここリスも出るんだよ?」

「やだ、つまんない。ゲームしてたほうがいい」

「嘘でしょ、なにが気に入らないの?」

さっきとは違う風にむくれる息子をなだめようと父親は膝を折って視線を同じにする。
つまらないと言ったはずなのに父親は本当は自分が何を聞いて欲しいのか
わかっていて秋太はコントロールできない感情をぶちまけずに済んだ。

「…とうさんが虫とかすぐに見つけちゃうから。おれがさきにみつけたいのに」

「あっそうか、ごめん。じゃあ今から秋太が隊長ね、宜しくお願いします隊長」

隊長に任命された秋太はそれから自分の進みたい方向、探したい木陰、聞きたい音を
自由に選択する事ができた。
父親は言った通り彼の後を大人しくついて行き危険があるようであれば止める。
『見守られている』のが嬉しくて秋太はどんどん森の中を突き進んだが
とにかく草木をかき分けて進むのが大変だった。
手で払っても払っても小さな小枝や葉っぱが邪魔をする。
父親の後ろを歩いてた時はこんなに苦労しなかったのに秋太はとても不思議だった。

「隊長、大丈夫?」

「葉っぱいたい」

「でも動物になったみたいでしょ?」

そう言われて秋太はそうなのか、と理解した。
動物はいつも森の中に住んでいて葉っぱや木が彼らの家で、遊び場で、仕事場なのだ。
どこか懐かしい気持ちにもなったがそれがなんなのか秋太には言葉にすることができなかった。

「どうぶつってすごいね。おれすめないや」

「うん、すごいね」

すごい、と同意してくれたはずの父親は言葉とは裏腹に少し寂しそうな表情をする。
どうしたのだろうと心配した矢先、父親が突然秋太を抱きかかえた。
見上げると珍しく眉間にしわを寄せて地面を睨み付ける父親の顔がそこにあった。
暫く何かを睨み続ける父親が珍しいので秋太はなんと声をかけていいのかわからない。
不意に何かをあきらめたようにため息をついて掠れそうな声で父親は呟いた。

「危ないね、罠がある」

「わな?どうぶつつかまえるの?」

「うん」

「かわいそうだね、なんでつかまえるの?」

「さあ…どうしてだろう」

「とうさんわかんないの?じゃあおれ、よしだせんせいにきいてあげるよ、
よしだせんせいなんでもしってるんだよ」

もう、と大人のように呆れて見せて秋太は、良い提案とばかりに父親に聞かせる。
大体、そんな仕草をどこで覚えたのだと言うのか、少なくとも自分は教えていないので恐らく母親か或いはテレビのドラマかなにかだろう。
子供の吸収能力は本当に恐ろしい。

「とうさん、あっちになんかいるよ」

「え?」

「声がするよ、とうさん。いたいっていってるからもしかしたら
このわなにはまったのかも」

小さな息子が見つめる先には生い茂った緑しかない。
声がすると言うが父親には風の音と、草木が揺れる音、虫の鳴き声くらいしか聞こえない。
ましてや痛いなどと聞こえるはずもなかった。
父親はそのまま息子を抱えて息子が指さす方を進んでいく。
秋太も先ほどのように自分の足で歩けないことに不満を漏らさず
ただその『声』のする方へ意識を集中させていた。
やがてけもの道がみえてきたあたりでその声の主が姿を現す。
真っ黒な鈍い光を放った鉄の牙に足を捕られていたのはまだ幼い鹿の子供だった。
鹿の子供は悲鳴にも似た鳴き声を上げて必死に罠から逃れようと暴れていた。
しかし、仕掛けていた罠は、小鹿のその細い脚を両脇からしっかり挟んで
ギザギザととがった歯を皮膚へ食い込ませている。

「外してやらなきゃ、秋太ちょっとここで待ってて、危ないから」

「とうさん、あぶないよ、そいつすごくこわがってるよ」

「うん。わかってる。でも罠を外してやらないと」

とは言え小鹿と言えどこんなにも大きく暴れられては手も足も出ない。
なんとか小鹿をなだめようと父親は必死に声をかけるが勿論通じはしなかった。
罠は小鹿が暴れる度にその振動で小鹿の足に食い込んでいくし
小鹿はその痛みに怯えて暴れまわるしで堂々巡りだ。

「ねえだいじょうぶだよ、とうさんがはずしてくれるって。
おまえおとこだろちょっとぐらいがまんしろよ。おれも注射はきらいだけど
おまえみたいにあばれないぞ」

小鹿はそれでも暴れたが秋太は根気強く声をかけ続ける。
父は動物の医者だから安心しろ、大人だからこどもができないことができる。
罠をはずすのだって簡単だ。
言葉が通じているのか小鹿は徐々に足踏みをやめ、荒かった鼻息も落ち着いてきて
とうとう痛みに震えながらもじっとその場に立ち続けた。
父親は大急ぎで小鹿の足を挟んでいる丸い罠を力いっぱいに開いてやるとガシャンと
その森にはふさわしくない音を立てて小鹿の足を解放した。
小鹿は血が滴る足をかばいながら大急ぎでその場から跳ねながら逃げたが
ある一定の距離まで二人から離れると様子を伺うように足踏みをしている。
首を上げ下げしたりこちらに近寄りたそうにうろうろしていた。

「ねえとうさんけがのてあてしてあげようよ」

「こっちに来るといいんだけど」

「とうさんがてあてしてくれるって!こいよ」

秋太が叫ぶと小鹿は迷いながらもゆっくりと距離をつめていく。
やがて秋太のところまでくると父親と秋太の臭いをしきりに嗅いで獣くさい鼻づらをこすり付けてきた。

父親は小鹿の気がかわらぬうちに手早く消毒して布を巻いてやった。
生憎、ここへは仕事道具を持って来てはいないので本格的なものではない、代用品だ。
それでも応急処置としては十分であろう。

「なおる?」

「大丈夫。動物はつよいから」

「よかったな。なおるって。おれい?いらないよ」

「秋太、言葉がわかるの?」

「なにいってんの、とうさんさっきからずうっとしゃべってるよこいつ」

「とうさんには聞こえないよ」

「そうなの?かあさんにはきこえるのにね」

ふしぎ、と秋太は呟いた。
ふしぎ、とつぶやいた妻を思い出して父親である冬夜は笑った。
妻の考えでは人間と狐のハーフであろうとも、息子は狐になれると思っていたようなのだが秋太はそうではなかった。
妻のようにとんがった大きな耳や大きな口、太いしっぽや稲穂色の艶やかな毛並みが。
そのかわり、と言うべきなのか秋太には動物の言葉がわかる。
秋太の世界ではそれが当たり前で、その当たり前のことができない冬夜が不思議に感じたのだろう。

冬夜に言わせてみれば二人の感じる世界が不思議そのものなのに。


「なんて言ってる?」

「いつかおおきくなったらおんがえしにくるって。えほんみたい」

小鹿はまだ足を引きずりつつも森の奥へ消えて行った。
木に止まっていた虫や鳥が飛んでいくととても残念がる癖に思いのほかあっさりと見送ったものだ。
それがさも当たり前のように秋太は行こう、と父親を促す。
あまり別れることに執着しないようだ。
二人は日が暮れる前にと森を出て家までの道のりを進む。
夕飯を作って待っていた母親へ今日おこった出来事を嬉しそうに話す息子の頭を
優しく撫でる彼女の正体は狐であり
その狐を嫁に迎え入れたのはほかならぬ秋太の父親であった。








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