翁の話7

『魔術はなあ、継ぐものだ。継いでこそ力も増す。
翁も魔力は相当にあるが先の弟子にはまだ足りない。そこでお前だ。
お前は技術は及ばないが魔力量は多い。だからお前を『経由』する必要が
あったんだな。…聞いてるか?』

森のずっと奥、恐らく人間であれば誰も立ち入らない程の
深い森の奥に半径10メートルほどの開けた円形の空間が出来ている。
その空間を避けているかのように円の外には木々が生い茂っていて
動物の鳴き声も遠くに聞こえるほどだった。
その開けた場所の真ん中にぽつりと大きな石が一つ置かれていて、
石の前には幾種類かの花が供えられている。
その墓石の傍でアガタは横たわって表情なく石を眺めていた。

『確かに技術は劣るけどな。ポチを近づけない程とは思ってなかったぞ…
いい加減、何か食べたらどうだ。もう1週間もそうして』

石の下に翁を埋めた。
一人きりだと寂しいだろうからと、花を持たせて埋めた。
その上に置いた石には空に浮かぶ太陽の光が降り注いでいた。
これならきっと寒い思いをせずに済むだろう。
風の精霊の言葉はほとんど頭に入っていなかった。
食事をろくに摂っていなかったのもあるがそもそも聞く気がなかった。

『なあ、頼むって。正直お前に関しては予測不能なんだから…困るんだよ。
いつまでもそうされるとさあ……』

アガタからは返事はなくいよいよ風の精霊は困惑した。
どうにかしてアガタをたたき起こして次のステージへ移行してもらわねばならなかった。
先の弟子が現れるまではまだまだ時間がある。
その間に死なれては困るのだった。
仕方なしに風の精霊は下位精霊にポチを連れてくるように言づけた。
ポチは程なくして現れたが、開けたその場所へ立ち入るのをためらう様に
辺りの茂みを右往左往していた。

『(なんでポチは入ってこない?入ってこれない??山の主だぞ?)』

ポチは頭を上下させて何か…危険を訴えていた。
危険などどこにあるのかと首を傾げていたが風の精霊はその考えを改める。
背中を向けていたアガタから黒い何かを感じ取ったからだ。

『…!闇の魔術か!』

ようやくその正体に気が付いた風の精霊はポチの隣へと慌てて避難する。
危うく闇に取り込まれそうになったがポチのおかげで何とか助かった。

『うそだろ…翁の魔力を受け継いだから、さらに力増してるし』

『なあポチどうしような?』

アガタの周りを黒いもやのようなものが色濃く渦巻いていく。
精霊たちはこの黒い渦が天敵のようなものだったので風の精霊は迂闊に
近づけないでいる。
ポチは暫く足踏みをしながら辺りをうろついていたが意を決したように
アガタの元へ突進していった。
山の主であろうとも闇の魔術は恐ろしいものだが、
それ以上に大好きなアガタがこのまま狂ってしまう方が怖かった。
ポチは自慢の角でアガタの体を優しく揺する。
暫く焦点の合わないでいたアガタは小刻みに起こる振動にようやく気が付いた。

「ポチ?」

ポチは半分体を闇の魔術に飲み込まれかけていた。
それがどういう事かしばらく理解できないでいたが、
ポチが必死にアガタをおこそうとしているのに気が付いて
アガタは勢いよく上体を起こした。

「は?え?!なに、ポチ、待って、俺だ!」

アガタは慌ててポチの太い首へ腕を回して抱きしめた。
すると黒いもやが徐々に消えていきポチはゆっくりその場にへたり込んでしまう。

「ごめん、ごめんポチ、俺知らないうちに…ごめん」

アガタはそのままポチに覆いかぶさるようにしてポチの体に
顔をうずめて抱き着いた。

「ポチ、翁が死んだ。ポチ。寂しい…寂しい。ポチまでいなくなったら
いやだ…ごめん」








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