翁の話6

遠いにしても近いにしても、未来の事がすべてわかるわけではなかった。
予測できないことも多々あってその一つがこの顔のやけどだ。
最も回避すべきことのはずなのに風の精霊は知らせてはくれなかった。
つまり『絶対に起こらなければならず、回避されては絶対にいけない事象』に関しては
守秘義務のようなものがあるようだった。
それを知ったのもこの顔のやけどがあってからだった。
だが、逆に『それを知らされて絶対に起こさねばらない事象』に関しては
逐一聞いてもいなくても知らせてくる。
それが例え誰かの死であってもだ。

自分の死であっても。

アガタはもう十分一人で生活できるぐらいまで成長していて、
遠くの魔術師の元へ翁の代理で出向くことも増えていた。
以前よりも家にいる時間が増えていた翁はそろそろ潮時なのだと悟った。
そろそろ、『それを知らされて絶対に起こさねばならない事象』を
起こす時が来ていた。
辺りを漂う風の精霊は、魂を刈りに来た死神のように怪しい笑みを浮かべている。

『覚悟を決めたか、人間の魔術師』

「随分とかしこまる」

『お前たちに合わせていただけだ。俺たちはただそこに在って、物事を見守るものだからな』

「俺は、本当の弟子…息子のような、気持ちでいた」

『お前の弟子はあの子供じゃない。まだ先にいる』

精霊は時々残酷な事を言うが、翁にとっては常にそうであった。
残酷な宣告しかしてこない。
そうでないことも言わない。
ただじっと翁を観察していた。
顔を焼かれて王城を追われて絶望している時も、子供を拾って
親子の真似事をしている時も、弟子と偽ってその子供をだましている時も。
檻に入れられた動物を眺めるように精霊たちは好奇の目で観察していた。
しかし、翁は本当はアガタが翁の弟子ではないことを伝えられないでいた。
自分の持てる知識を分け与えられて、お前を弟子にするつもりだと
言ったし、実際にそのつもりであの時アガタを拾ったのだ。
それなのにようやく自分のすべてを受け継がせようという時に
『アガタが弟子ではなく、その先に弟子がいる』
と精霊に告げられた時は翁は絶望した。
その先の弟子とやらに、自分の技術を直接継承できなかったからではない。
本当に、心の底からアガタへ継承させたかったからだ。
自分のすべてを。
そして独り立ちするその背中を見送る事こそが翁の今の夢だったのに。

「ただいま翁」

「お帰り、アガタ」

『アガタ、翁は今日死ぬ。別れを済ませておけ』

「…………は?」

丸太を組んだ扉を開けて、買い物から帰ってきたアガタは
うっかり風の精霊を消し飛ばしてしまいそうな気持ちになったが
寸でのところで思いとどまり、ようやくそれだけ口に出すことができた。
風の精霊はうようよとアガタと翁の頭の周りを漂いながら続けた。

『言葉の通りだ。理解しろ、人間の子供』

「できるか。順を追って説明しろ。返答次第で消すぞ」

『もともとそう言う定めだった。お前は翁から受け継ぐものがある。翁の弟子への
継承権だ』

「俺から話す。やめろ」

翁が静かに静止すると風の精霊はどこかへ消えた。
アガタが不安そうに翁を見つめている。
翁は家の中でもフードを目深に被り続けていた。
アガタは気にしないと言ったが翁は自分が気にするからとあまり
顔を見せることがなかった。

「一つだけ、お前の願いを叶えてやる。何がいい?
金が欲しいか?宝石でもいい。王城で勤めることもできる。
魔力を注いでほしいか?この先必要に」

「俺は」

アガタは翁が被っているフードが見えないかのように
まっすぐに翁を見つめていた。
ぼたぼたと目から涙を流して、翁の言葉を遮った。

「俺は、翁に、生きてほしい。あとはいらない。翁が生きてよ。
俺の命をあげるよ、できるでしょう翁」

翁にはできないことが一つだけあった。
風の精霊の言う『定め』を曲げることだった。

「それはできない」


その日、翁は風の精霊が宣言した通り、
死んだ。






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