翁の話3

少年はアガタと名前を付けられ、すくすくと育った。
拾ったころはみずぼらしくガリガリに痩せていたからわからなかったが
肉付きが良くなってくると、なかなかに美少年に成長したのだった。
翁こそ人付き合いを避けていたが、アガタには普通の生活ができるように
させてやりたかったので、定期的に森にあるこの家から、ふもとの町を行き来させて、
沢山の人達と触れ合わせるようにした。
いずれは、自分のもとを離れて、妻をめとり、子供を作って幸せに暮らせるようにと
翁は考えていたからだ。
だが、その思惑は早くもベッキベキにへし折られた。
アガタが人との接触を嫌悪するようになったのである。
麓の町へ生活用品の買い出しに行かせようとするとこの世で最も汚いものを
みたかのごとく顔を顰めて、渋々といった様子で出かけることが増えた。
本人に理由を聞くとなんでもない、とか別に、と珍しく素っ気ない態度で答えを返してくるので
風の精霊に尋ねるとすぐに理由がわかった。

『麓の人間が『お前がおかしな魔術師だから、山から下りて麓で暮らせ』ってアガタに言ったんだよ。それにブチギレてあの状態だ。
まあ暴れたり魔術を使ったりすることはなかったけど、
相当頭に来たらしくて、相手に凄んだらよっぽどビビったのか
アガタもお前みたいにハレモノ扱いだよ』

「…なんで止めなかった…」

『止めたけど〜〜。属性なのかなんなのかアガタは俺に見向きもしなかったからな!
笑ったわ』

「笑うな、ばか。笑いごとじゃない。どうするんだ、これから…」

『大丈夫だろ。だからお前が拾ったんだろ』

「大丈夫じゃない。一人になった時どうするんだ」

ため息交じりに言うと風の精霊は笑い飛ばす。

『水たちがいる。あとポチ。ポチはアガタにべた惚れだからな〜〜〜アガタに嫁が
出来たら暴れまわって山ん中めちゃくちゃにするぞ、アレは』

「絶対に、阻止しろ」

『ポチ本人に言えよ。あ、本山羊か?』

ポチの話をしていたらそのポチからお呼びがかかった。
やたらと急かすのでどうしたのだろうと山羊小屋へ行くと翁は驚いてアガタに駆け寄った。

「どうしたその怪我」

「転んだ」

『麓の子供たちに袋叩きにあったな』

「なんで言うの?」

『残念だな俺は翁についてるからな』

恨めしそうに風の精霊を睨むアガタを風の精霊は鼻で笑う。
軽口を叩き合っているが、なかなかの出血量でアガタは痛みで動けないのか
ポチの足元にへたり込んでいる。
服はボロボロで恐らくは何かで殴られた跡があり、顔にはいくつも内出血の痕ができている。
痛みに呻き声をあげるのも構わず、服を捲し上げると、
体中にも殴られたり、切られたりした跡があった。
しかも最近できたもの以外も無数にあった。

「いつから」

「…」

『その切り傷は3日前』

「だからなんで言うの!!翁、大丈夫だよ。平気だから、だから」

だから?

聞き返すとアガタは押し黙る。
風の精霊に目配せしたが風の精霊はそっぽを向いた。
眉間にしわを寄せた翁はもう一度、先を促す。
今度は少し優しく言った。

「どうした?」

「俺を捨てないでほしい」

どうして今震えるのだろう。
けがをしてポチの傍らにいた時でさえ平然としていた。
傷の痛みに耐えてはいたが、どうって事ないと言う顔をしていたのに、
どうして今恐怖に顔色を青く染めるのだろう。

「今までずっとそんなこと考えてたのか?」

アガタは答えなかった。
うつむいたまま震えている。
うっすら冷や汗もかいているが、これは痛みからのソレではなかった。

「買い出しもちゃんとやる、薪割もするしポチの世話だって、魔術の勉強だって
頑張るから、すてないで」

震える声で矢継ぎ早に言い切るとアガタは肩で息をする。
翁がそんな事をする人間じゃないのは十分にわかっていたが、不安はそうそうぬぐい切れるものじゃなかった。
麓の人間に闇の魔術師だと蔑まれ疎まれて、恐れられているが、翁は決して
悪い人ではなかった。
ぶっきらぼうだし、口数は少ないし、厳しいが、優しく、丁寧に
根気よくアガタを待ってくれる。
アガタが悪い事をすれば叱るし、良いことをすると褒めてくれる。
怖い夢を見た時はベッドに入れてくれたし、ポチと遅くまで出かけた時は
心配して家の外で待ってくれていた。

ただ、それが弟子であるからだとアガタは思っていた。
弟子と言う『職務』を放棄することがあれば、捨てられるのではないかと。






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