彼と話していたのはほんの数時間前の事であった。
彼はアリスに冗談を言い、アリスもこんな状況ではあるが彼との談笑のおかげで
心が安らいでいた。
数少ない、実力の持ち主でセザールと肩を並べられる、誰もが信頼している人物

だった。


「うそ…だって、だってさっきまで私と…!」

「かろうじて息のあった者に聞いた情報ですので、確かかと…」

アリスは動揺を隠しきれず震える声で報告してきた兵士の言葉を否定した。
アリス以外の誰もが彼女と同じように、決して信じられるようなものではなかった。

「その者と話がしたい」

「先ほど息を引き取りました…」

ディックがどこで、どう言う戦いぶりでどんな風にして傷を受けて戦死したのかさえ、
確かめることが出来ないのだ。
セザールはすっかり肩を落として電池の切れた人形のようにとすんと椅子へ腰を落とした。

「他に何か言っていなかった?相手の容姿とか」

「それが、その…」

唯一状況を聞いた兵士は言葉を濁す。
その口ぶりは何かを知っているようだがなかなかその先を切り出さない。
アリスがやや苛立った様子で催促したら兵士はゆっくりと口を開いた。

「ウイキョウ様だった、と」

「え?」

「いい加減な事を言うな!!」

「も、申し訳ありません…!しかし、死に行く者がいい加減な事など…言うとは…
思えません……」

威勢良く謝った兵士だがもっともな意見を述べていると言うのに音量を少しずつ
下げていく。
ユルドニオの兵士や王家のみならず、国民であれば知らないはずが無い、その人物は
腕が立ち、周りからの信頼も厚く、セザールよりも将軍に近い男と呼ばれていた人物であった。
しかし、ウイキョウはある内戦の停戦の調停を結ぶ為、城を出てから何者かに
襲われたと言う情報と共に行方不明となっていた。
誰もがウイキョウは死んだのだとそう思っていたのだ。

「私も、似ている男では無いのかと尋ねたのですが、ウイキョウ様とディック隊長は
確かに会話をしていたそうなんです」

「ウイキョウ…生きて…」

「生きているのならばどうして戻ってこないんだ!?姫…陛下もいらっしゃると言うのに…!」

報告してきた兵士はセザールの言葉に返答せず押し黙ったままだ。
おそらく、ディックはそこまでウイキョウと話をする前に息を引き取ったのだろう。
或いはその兵士が二人の会話を聞く前に傷を負い、戦線を離脱していたかだが、
どちらにせよ今となっては知るよしも無いのだ。

アリスは握り拳に力を込めると瞳に闘志を燃やす。
落胆の息を漏らす天幕の中でただ一人、アリスだけは地に足をつけすべての事を
受け入れようと必死にもがいていた。

「相手がウイキョウなら、心してかからなければ」

「陛下?」

「セザールはここにいて指揮をとってて頂戴。私が確かめてくる」

「危険です!」

「大丈夫。確かめるだけ。確認したらすぐに戻るから。もうこちらの兵力だって少ない。どの命もムダに出来ないしムダになんてさせないわ」

セザールはそう言い切るアリスにどこか恐怖を覚えた。
勇ましく戦場へ向かったディックにも覚悟はあったが、彼は少なからず勝利を掴む実力と
闘志があった。
しかし何者もムダにはさせないと言ったアリスからは何一つ感じないのだ。
ウイキョウが敵に回って悲しいだとか、ディックが殺されて苦しいだとか、
自分の功績をあげようとする士気だとか、戦う意思だとか。
ただ静かに言葉の通り『確かめるだけ』。
そこにどんな感情が働いているのかセザールは読み切ることが出来ず、不安を感じているのだ。

「大丈夫、大丈夫よ、セザール」

アリスは狼狽えるセザールを宥めるように言ったがそれはまるで自分に
言い聞かせているようにも見えた。


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