本陣から出ると布1枚だけで隔たれた死臭が直接鼻に入ってくる。
これほどまでに違うのかと白い布で守られた本陣を振り返ると中から姫の
リラックスした声が響いていた。
ディックはそのまた向こうにそびえ立つ、王が住まう城を見上げて溜息を一つついた。

本来ならばこんな血なまぐさいところにいるべきではない姫をここまでひっぱり
出したのは自分達の責任だ。
確かに、言動では自分達は姫を城へ引き留めたかも知れない。
しかし自分達が不甲斐ないばかりに作られた状況が、姫をここまで引きずり出したのだ。
一番責任を感じているのは現段階で軍事のトップにいるセザールだ。
同じ年頃ではあるがカリスマ性も実力も兼ね備えたセザールは、半ば強引にその地位へ
祭り上げられた。
戦の序盤であっさりと命を落とした将軍達の代わりである。

誰もがいつかは目指す地位ではあったがこんな風に、『とりあえず』とか『なりゆきで』
なりたかった地位ではなかった。
実績を積み、経験を経てそこへたどり着くのだと思っていた場所はあっけなく
彼らの手に収まってしまった。

そう、仕方なく、セザールはユルドニオの将軍を名乗っているに過ぎなかった。

「ディック隊長、来ます。あの部隊です」

「おーおー。これは少数精鋭で来たもんだな。舐められてるのか俺達は」

「あの」

「なんだ」

手のひらを額に当て、遠く離れたメルンヴァの少数部隊を眺めているディックに、
兵士がおずおずと声を掛ける。
兵士はいくらか迷った風ではあったがディックに先を急かされると意を決したように
表情を硬くする。

「あの部隊の中に、ウイキョウと言う人物がいるらしくて」

「ウイキョウ…?おい、そりゃあどこのウイキョウだ」

「いえ、その、まだはっきりした情報はわからないんですが…!」

兵士はディックが機嫌を損ねるとわかっていても、それでも腹をくくって
報告したのだが、やはり凄まれるとついつい萎縮してしまう。
慌てて首を横に振って見せたがディックはすでに目の前に迫る部隊の一人一人の顔を
じっと見定めていた。

「おい、巫山戯んなよ…?これは夢か。それとも目が悪くなったか?」

「…私にも、ウイキョウ殿に、見え、ます」

メルンヴァの精鋭は走るわけでもなく一歩一歩歩みを進めて、ついにディックの
50メートルほど前で止まった。
その先頭にいる男はじっとディックを見つめている。
ディックは忘れられないその男の顔を見て、そして男が身につけているメルンヴァの
装備を見てぎり、と奥歯を噛みしめた。

「ウイキョウ…」

「久しぶりだなディック。元気そうでなによりだ」

「てめえ、なんでそこに…」

久しぶりだと言ったウイキョウの表情には親しみは微塵も感じられず、
ディックもまた笑顔で彼を迎えられるほど懐は広くなかった。
今すぐに掴みかかって二、三度その頬に拳を打ち込んでやりたかったが
状況がそれを許してはくれない。
こちらも後ろに自分の兵が待機しているのに対して、ウイキョウの小隊もまた
こちらを警戒してぴりぴりとした空気を纏っているからだ。

「なんでって、ユルドニオを滅ぼしに来たんだよ。こんな国、亡くなって当然だろう。
小国を焼き払って領土を広げるなんて馬鹿げてる」

「領土を広げるのが馬鹿げてる?じゃあお前らがしてるのはなんだ、領土を広げる為に
ユルドニオに侵略しにきたんじゃないのか、あ!?」

「対象が違う。俺達は自分達よりも弱い国を侵略したりしていない」

「どーだかな!金品で買収している癖に何が違うんだよ!?
小国への援助をきられたくなかったらメルンヴァに降れと言うのは侵略じゃないのか!」

「…少なくとも人は死なないだろ」

ウイキョウが伏せ目がちに、囁くように言った。

「誇りを捨ててまで生きたいとおもわねぇ!!」

ディックの怒号が響く。
もしかしたら本陣にいる姫にも聞こえたかも知れない。
それでもよかった。
誇りだけは、守らねば。

「…決裂だな」

「姫を裏切りやがって…!」

「姫の事なら気にするな。俺が貰う」

「!!」

「誰にも傷つけさせない。姫の安全は俺が保証する」

「ふざけんなって言ってんだろーが!」

ディックは腰に下げていた大剣を鞘から引き抜くと地面を蹴って
ウイキョウへ飛びかかる。
ウイキョウはただ静かにディックを見据えていた。









「一度も、俺に勝てた事がないのに、その勇気は、褒めるよ」





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