メルンヴァの侵攻が始まったのはいつの頃からだったろう。
ふと鼻先に風がそよいだのを感じて、セザールは静かに目を伏せる。
すでに主はか弱そうな姫一人。
誰もが見捨てて逃げようと声を掛けてきたがセザールは首を縦には振らなかった。
このか弱い姫こそ、セザールが仕えようと思ったただ唯一の人物だったからである。
周りからそれは愛情かと問われれば否定するつもりはなかった。
幼い頃からアリスを見守ってきたセザールの中に愛情の一つも芽生えなければ、
今頃さっさと国外へ逃亡しているだろう。
それはセザールだけではなく、アリスの侍女のネオやアリスの身を守ろうとしている
バルトロ部隊の兵士達もそうだ。
そしてそんな姫の後ろにいる、城に収まりきるまでに減ってしまった国民達。
たとえ最後の一人になろうとも姫は彼らを守るだろうし、セザール達はそんな姫を守る。
だからメルンヴァへ屈してはならないと剣の切っ先を北へと向けているのだ。

「セザール」

「姫、よくお似合いですよ」

「そう?ネオが着替えさせてくれたの。
それに装備も。でも普段からつけているわけじゃないからやっぱり…重いわね」

「じきに慣れます…魔女の宝石をお持ちなのですか」

「うん。奥の、ずっと奥の手に、使うつもり」

アリスのか細く白い手に収められたそれは赤く鈍い色を放っていてまるで
血の塊のようであった。
セザールは魔法は使えないがその宝石にはいつも良い印象はなかった。
控えめに装飾された宝石はアリスによく似合っていたがその血の色だけは
ふさわしくないと常々思っていた。

「ねえ、セザール。もし私がメルンヴァに降伏すると言ったら貴方は私を軽蔑する?」

「…いいえ。姫がそれを望まれるのであれば、私はそれに従います」

アリスはセザールの模範解答が気に入らなかったらしく、ほんの少しだけむっとしする。

「…はっきり言っていいのよ?もう、すごく幻滅する!とか…」

「言いませんよ。多分、残っている者は誰も言いません」

「それともさっさと降伏してくれたら良いのにと思ってる?」

「いいえ」

恐る恐る尋ねてくるアリスにセザールはよりしっかりと首を横に振った。
先王が倒れた時、アリスは降伏だけは絶対にしないと宣言した。
亡き父の意志を継ぐため、国外へ逃げた国民の家を守るため、
そして自分達がユルドニオの人間として生き残るためだ。

「国を残したいだなんて、私の我が儘なのに。みんな、私の事なじって、メルンヴァに
突きだしてくれたらいいのに」

「誰も、そのような事はしませんよ。絶対に」

「セザールは私に甘いわ」

「そうでしょうか?」

「そうよ、ウイキョウならきっと…」

アリスは言いかけてハッとして口をつぐむ。
だんまりになったアリスを前にしてセザールは聞こえなかったフリをして
そっと跪いた。

「姫、いいえ、陛下。陛下の言葉は我らの言葉です。自信をお持ちになってください」

「…そうね」



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