ルシフェルは今日も元気に初老の老人かのごとく木陰でぼーっと街を眺めていた。
小高い丘にぽつりと建つ教会は思いの外居心地が良く、特に無邪気に笑い声を上げて
神父を呼ぶ子供達には顔がほころぶ。
元々天使だったので子供は嫌いじゃない。
心は穢れていないし何より素直だ。
大人の薄汚れた手から守りたくなるくらいに可憐ではかない生き物である。


…はずだった。


「わーにーちゃんなにこの羽根!だっせー!」

「ホンモノ??おにいちゃん天使なの?でも真っ黒な羽根で変〜!」

「厨二かよこれ。恥ずかしいんですけど」

(ぶっ殺したい…)

彼らの口から出て来る言葉すべてが癪に障る。
彼らが子供故、ルシフェルはあまり強く言葉を返すことができず、頭を抱えて
わなわなと震えていた。
わき起こる殺意を何とか抑えていると貼り付けたようなさわやかな笑顔を
浮かべたユダが現れた。
でたなこのエセ善人と溜息を吐いたルシフェルにちらりとユダが視線を向けたが
すぐにまた子供達に視線を戻した。

「あ〜その辺にしておきなよ君たち。この人僕の天使様なんだから」

「はあ?頭おかしいんじゃねーのお、じ、さん!」

少年の一人がいやに挑発的にユダに詰め寄る。
一瞬間を置いてからさきほどまでにこやかな雰囲気だった男が一変カエルを睨み付ける
蛇のごとく、子供を見下ろし、声を一層低くした。

「うるせえなぶっ殺すぞクソガキ共。調子に乗ってると内臓ぐちゃぐちゃに
引っかき回すぞ、あ?」

「!!!?!?!?」

「いや、お前脅すなよそんなに…相手はガキじゃねーか」

子供達は瞬く間に萎縮していき、殆どがその豹変ぶりと、ユダの威圧感に耐えきれなくなってみるみるその瞳に涙を浮かべていく。
ルシフェルは心底呆れた様子でそれを眺めていたがユダは首を振って反論した。

「子供は小さいときからちゃんとしつけといた方がいいんですよ」

「だからってなあ…」

泣きじゃくる子供達は神父に助けを求めて走り去っていく。
ユダは肩を竦めながらも相変わらずひとの良さそうな表情でにっこり笑う。

「それに僕の天使様を馬鹿にしておいてこの程度で済ませてあげたんですから、
いいじゃないですか」

「お、おう…」

ここ最近はあまり優しい言葉を掛けられた記憶がなかったルシフェルはユダの
不意打ちにうっかりどきりとする。
しどろもどろになっているとユダがにやりと含んだ笑みを浮かべていた。

「照れました?」

「照れてねーよキモイ」

「あ?」

「スイマセン」

もはやこのやり取りも二人の間の条件反射になりつつある。
さっとでる言葉とぽんぽんと返ってくるユダの言葉はそれほど嫌いではなかった。
話してみれば面白い人間なのだが、彼の行動歴を聞くと人とは思えないほどに
残虐でえげつなくそして非道なのだ。

「この間の夜はあんなに可愛かったのに…。どこいっちゃったんですか、あの天使様は」

「か、かわいくねーよ!変な言い方すんな!」

「だって、僕の下であんなに激しく…」

「わー!わー!巫山戯んな!!殺すぞマジで!」

「やってみろよ?チキン」

「スイマセン…」

自分の性格と、背中に背負っている羽根を掛けているのだとすぐにわかった。
ぷるぷると羽根をふるわせて悔しがっているとユダが溜息を一つ吐く。

「冗談はさておき、ねえ天使様。今日暇ですか?」

「いつでも暇だよ。無職だからな」

「ああ、ニートですもんねえ」

「てめ…」

口を開けばこの有様である。
口が減らないユダにいよいよルシフェルが怒りの炎を燃やそうとしていたとき、
ユダは相変わらず軽い調子でルシフェルを宥めた。

「まあまあ。いえね、神父様が天使様の格好がそれはそれは見ているこっちが
恥ずかしくなるぐらいださいので、何か適当に見繕ってくれ無いかって言うもので」

「あのクソじじいも言うじゃねーか、あとで殺そう」

「まあまあ。俺がおごりますから」

「盗んだ金でか」

「いえ、お願いしたらくれたんですよ。道行く少女が」

最高にさわやかな笑顔で言ってのけたユダだったがルシフェルは
その言葉の本当の意味をすぐに察知した。
何せこのクズ人間、ユダである。

「恐喝かよ…お前ホント、クズだな〜好きだわ」

「本当ですか?結婚します?」

「うるせえ。羽根があるからこの服以外着る気はねえぞ」

さらりとユダの告白も無視してルシフェルは首を振った。
自慢するほどの品ではないが、一生懸命働いた(つもり)給料で買った大事な服だ。
デザインもそこそこに気に入っているし、何より着心地が最高に良い。
暑い時は通気性は抜群でありながら、寒い時は熱を逃がさずぽかぽかと暖かい。
天界の特別繊維で織り込まれた生地は肌触りが良い。
それに天界の天使達からも評判がよくて最高のモテアイテムなのだ。
それをダサいなどと、地上の人間のセンスが伺い知れない。

「困ります。そのクソださい服で一緒に並んで歩きたく有りません」

「ださいっていうなよ。コレ一応天界で最先端のファッションだぞ?」

「ええ、じゃあ僕天界行きたくないですね〜そんなダサいので溢れてる世界なんて死んだ方がマシ」

「いや、死んだヤツがそこにいるわけだからな…あとはもう地獄しか行く他場所ねーじゃんそれ。って言うかお前は絶対地獄行きだから安心しろ」

「地獄って美女います?」

「いねー」

「じゃあ行きたくないですね」

「お前の意志でほいほい行ける場所じゃねえんだよ」

「そうですよね…天使様が堕とされるくらいですもんね…女性問題で」

「あーもうホント誰かコイツ殺してくんねーかな」

「結婚します?」

「しつこい」





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