21

ファフリが祭司の地位から降ろされ、空席になったその席には
未だ暫定的な祭司が腰を据えているに過ぎなかった。
祭りを司る人間を育てるのは大変な時間と労力を要し、なかなか良い人材が
現れなかった。
今回の件は決して許されるものではないが、ファフリは祭司としての実力は
近年まれに見るほどのもので、
それだけに王を謀ろうとしたその愚行にはみな溜息をつくばかりであった。

「じゃあまだ正式には決まってない?」

「そう。陛下も体調が良くなってきてるとは言えまだまだ本調子ではないから、
うまく事が進まなくて…」

「ふーん。大変なんだな」

アーシファは言葉では言うもののどこか関心薄そうに相づちを打つ。
大広間での騒動はすでに2週間前の事となっていて、二人は相変わらず往来の多い
ハディード通りの小さなカフェの一席に座っていた。
太陽の光が差さないので間接照明があちらこちらに散らばって設置されていて
少し落ち着いた雰囲気が漂う。
隣にいる人の声もなかなか聞き取れないような場所だから、秘密の話をするには
持って来いの店である。

「そうよ。大変なの。だからね。陛下が貴方に手伝って欲しいのですって」

「何を」

「正確には貴方とホルマトに陛下の仕事を手伝って欲しいって」

「俺は断る」

「どうして」

一般市民が王宮の、しかも王の補佐として召し上げられるならば
どんな人間でも二つ返事で頷くだろう。
しかしアーシファはあっさりと王からの誘いを断った。
伝言として差し向けられたタルジュも悪い話では無いはずだと
アーシファを説得にかかったがアーシファは頑なに首を縦に振ろうとはしない。
だからタルジュも少しムキになっていたし、それ以外にも、マフムードが言うには
王の補佐よりも大事な事なのでより一層説得に力が入った。

「向いていないよ。そう言うのはホルマトなら向いてると思うけど」

「そうかしら」

「そうだよ。陛下にはそう返事をしておいて」

「私はそう思わないから、手伝ってみない?」

「嫌だよ」

「どうしてよ」

「だから向いて無いってば。それに俺盗賊を辞める気は無い」

「辞めてしまえばいいじゃない」

「簡単に言うな…」

「簡単よ。貴方が決心したらいいんだもの」

タルジュはどうしてそこまでアーシファが盗賊にこだわるのかが理解できなかった。
確かにタルジュ自身も盗賊のアーシファに助けて貰ってはいるが
なにも盗賊にこだわる必要はないはずだ。
むしろ盗賊と名乗らず、正々堂々胸を張って誰かを助けたらいい。

「タルジュは簡単に言えるかもしれないけど、俺には大切なことだよ」

「どうして?だって貴方がホルマトと陛下を手伝ってくれたなら、
盗みを働いて誰かを助けなくったって、正しい事で助けられるのよ?」

「政治なんてスミからスミまで滞りなく目を光らせることは無理だよ」

「そのために貴方たちが助けて差し上げたらいいじゃない」

「タルジュはなんだって俺を王宮へ連れて行きたいんだ」

「…モニール姫が、貴方を気に入ったのですって。それで陛下が、
貴方に…来て貰えないかって」

タルジュは言いにくそうにもそもそと話す。
言い切ったところで冷たいジュースを一口飲んだ。
アーシファは、じっと黙り込んで暫く動かなかった。
一国の姫が自分に気があると聞いて反応に困るのもわかるが、何か、何か言って欲しい。
周りは耳を塞ぎたくなるほど騒がしいのにとても呼吸する音も聞こえなくなったようで
タルジュは居心地が悪かった。
小さく一息吐いたアーシファが突然握り拳を作ったかと思うと
テーブルを勢いよく叩いた。
驚いたタルジュは衝撃でこぼれたジュースが指にかかったのにも気がつかず、
周りも何事かと様子をうかがっている。


「わかった。王宮に行く」

アーシファはそれだけ言うと立ち上がり、店員に二人分の料金を支払うと
タルジュを残して店を出た。
何が起こったのかわからなかったタルジュは呆然とアーシファが消えたハディード通りの人混みを見つめるしか出来なかった。




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