20

「観念しなさい、祭司ファフリ!」

「小娘…!」

「タルジュ」

ありったけの声で叫んだタルジュは民衆のずっと後ろに仁王立ちして立っていた。
勇ましいその姿の傍らにはホルマトが腕組みをしながらにやにやしている。
タルジュが夜の空のようにしんと静まりかえった民衆のど真ん中をずんずん進んで行くと
民衆はその気迫に押されて道をあけていく。


「お前が言う『陛下が撒いた』とされる毒はお前のお抱えの医者にしか
制作方法がわからず、作れない事がわかったわ。
王の専属医はその材料を持ち合わせてもいなかった。それにね、ファフリ。
仮に王の専属医が『作り方を知らない』と私に嘘をついていたとしても、決定的な
証拠があるわ。…陛下がご使用なさってる紋章はサソリではないのよ?」

タルジュは地面に力なくしゃがみ込むボロボロの王と姫と、そしてそれを庇うように
立っている覆面の男の前にたどり着くときびきびとした動きでファフリの前に立ちはだかった。
あの雄弁なファフリが口をはさめないほど完璧なもの言いで詰め寄る少女は
今にも噛みつきそうな子犬に見える。


「何を戯れ言を…」

「貴方ほどの頭脳の持ち主がとんだ失態ね。マフムード陛下がお持ちの紋章は
サソリでは無くてヨダカよ。それは先代の王がお使いだった紋章だもの」

「!?」

「…その通りだ。王家で使用される紋章は三代ごとに入れ替わる。私の祖父が使っていたものがクジラ、先代である父がサソリ、
そして私が使うのは曾祖父が使用していたヨダカの紋章だ」

苦しそうにマフムードが付け加えて説明するとファフリの顔色がさっと青ざめていく。
小さな小瓶を握りしめながら目を見開いて言葉を失っているようだ。

「国民を道連れに殺そうなどと予は決して考えぬ。予は国民に生かされているのだ。
国民の為ならばこの身を捧げる覚悟はいつでも出来ているが、その逆は考えられない。それを教えてくれたのは他でもない、大切な親友だ」

「あんたの負けだぞ、ファフリ。首飾りを返せ」

覆面の男がファフリに声を掛けるとファフリはゆっくりと民衆の方を向いた。
民衆からはすでに罵声が飛んできてその形相はまるで鬼のように見えた。
力なくその場に座り込んだファフリを見た民衆がよくも騙したなと襲いかかってきたが
兵士に奇襲をかけてきた男達がそれを宥めて止める。
暫く民衆同士で揉み合いになったがひとまず王と姫の命は助かり、疑いも晴れた。

「いつまでこんなもん被ってんだよアーシファ」

「うぉっ」

遅れてやってきたホルマトが覆面の男の顔布を無理矢理はがしたら
ぼさぼさの髪の疲れた顔のアーシファが現れた。
溜息をつきながらはねる髪をなでつけているとタルジュが
マフムードとモニールの前で膝をつく。

「陛下、姫、助けに来るのが遅れて申し訳ありませんでした…!」

「いや、ありがとう、助かった。アーシファとホルマトも」

「友達がやられそうになってんのに家でぐうたらなどしていられないだろ?
それにアーシファばっかり良い格好させるのは癪だ」

ホルマトが肩を竦めるとアーシファは少しむっとして顔布をポケットに乱暴につっこんだ。

「別に良い格好なんてしてない」

「嘘つけ。それに俺に何も言わないで事を起こすとはどう言う事だ。
俺を誘わないなんて本当に信じられない」

「誘えるか、おやじさんに殴られた後で!」

「殴られたあとだからふんぎりがついていたと思ってたぞ。
昔から俺に遠慮するところがあるなと思ってたけど、ほんとにお前むかつくな〜」

「…はいはい、すいませんでした」

ホルマトに小突かれたアーシファは溜息を吐きながらも
どこか嬉しそうだった。





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