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割れんばかりの怒号であふれているはずなのに、その声は不思議とよく通った。
どこから聞こえたともわからない声は男の声で
俺が言ったんじゃ無い、それでは誰が言ったのだと民衆達は周りをきょろきょろと
見渡す。
根も葉もない戯れ言だ!といきり立ったのはファフリの部下の男で
男は罪状が書かれた紙を力任せに握りしめながら顔を真っ赤にして誰だ!叫んだ。
しかしファフリの話と正反対の事を言った男は名乗りを上げない。
今まで感情にまかせて王と姫を罵っていた民衆達は先ほどのようにまた互いに囁き合った。

「そう言えば…そんな噂流れてたよな?」

「そうね、私も聞いたわ」

「確か、果物屋で聞いたんだっけね?」

「俺ァ、そこの、馬屋で聞いたぞ?」

ファフリは民衆の声にじっと耳を傾け、そんな噂が流れていたとは知らなかった
自分の落ち度に舌打ちをし、部下の男へ説明を求めた。
部下の男はファフリが苛立っているのを感じ取って慌てた様子ではあったものの
男もこの噂の事は知らなかったようで
怯えたように千切れんばかりに首を横に振る。

「祭司様が王に反逆しようなんて、見過ごせませんね」

男の声がしたかと思うとどこから降って来たのか
王と姫の間に人が飛び降りてきた。
男は着地と同時に姫と王の傍らにいた兵士を蹴り飛ばして、丸太にくくりつけられた
二人の縄をナイフで素早く切る。
王は何とか膝をついて持ちこたえてはいたが、姫は衰弱していたのか
力なく地面に倒れ込んだ。
男は覆面をしていて顔が見えず、目だけを布の隙間から覗かせている。
民衆はこぞって盗賊だ!と叫び拍手して喜ぶものもいれば早く捕まえて!と
怯えて悲鳴を上げる。
盗賊は姫を立たせて王に押しつけると襲ってきた身辺兵を大きな曲剣で
流れるような動きでなぎ払い、間合いを取った。

「さて、俺よりも手癖の悪い盗賊め、姫の首飾りを返して貰おうか」

「…お前が王の周りをうろちょろとしていたねずみだな?小賢しい。
あの小娘の差し金か」

「そうだな俺みたいな小ものは小賢しいと言われるのにふさわしいかもしれないが、
あんたみないなやつは狡猾と言うのだったかな」

顔を隠しているはずなのに、ファフリは現れた男が誰なのか見当がついていた。
そういう事だと今にも詰め寄ってきそうな民衆の声が聞こえていないのか
覆面の男に意識を集中させている。

「王と同じ逆賊だ!国に仇をなす。殺せ!」

ファフリの声を合図にあたりに配置されていた兵士が一斉に三人に襲いかかろうと走り出した。
兵士達が処刑台までたどり着くにはまだ時間があるが疲弊している姫と王を
一人で担いで逃げるのはまず難しい。
民衆は何人かが怯えて広場から逃げていったがそれよりも野次馬の方が多く、
その行く末を見届けようとしているのか、なかなか動こうとはしない。
あくせくしながら兵士が向かってくるのを見つめながら退路を探していたら
ファフリが倒れている兵士の槍を男へ振りかざし、祭司の割には槍を上手に振り回して男へ攻撃していく。
男は軽やかな身のこなしでファフリの槍を受け流して攻撃をいなしていった。
民衆はまるで寸劇でもみているかのようにわあわあと騒ぎ出す。
そうこうしているうちに兵士達が処刑台のところまでたどり着き、取り囲もうとしたその時だった。
広間に通じる路地から男達が一斉に飛び出して兵士達に襲いかかる。
ただ、男達が手にしている武器はフライパンや鍋、箒や農作業に使う桑などであった。
奇襲を掛けられた兵士は意表を突かれたことで反撃するタイミングを失い、
そのままあっさりとやられてしまう。
形勢が逆転したのを感じ取った覆面の男は呆けているファフリが持っている槍を振り払って地面にたたき落とした。

「なんだこれは…!?」

「俺が知るか」

「貴様の仕業だろう!!」

「だから知らないって。俺はなにもしていない」

ファフリが明らかに動揺していて、怒鳴りつけられた男は呆れたように溜息を吐いた。
実際に、男は王と姫を助ける事しか頭に無かったし、
広間に向かおうと誰かに声をかけたわけでもない。
アーシファの処刑台奇襲とこの男達の広間奇襲はべつものだった。







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