17

時間は少し遡り、タルジュを城へ戻したアーシファは、
小気味悪い医者を自宅まで送り届けたあと、家に戻ってすぐに仮眠を取った。
日が昇り、人々が活動を始めた頃、朝食もそこそこに済ませてまずはホルマトの家へ向かった。
アーシファは盗賊家業を始めると決めた時に一つだけ父親と約束をさせられた事がある。
それは友人であるホルマトとその家族には自分が盗賊をしていることを絶対に話さないと言うものだ。
初めのうちはただ、彼らに迷惑をかけない為だとも思っていたのだが仕事が慣れてくるにつれて、どうやら父とホルマトの父との間に何かあったようでその延長戦に今回の約束事を言いつけられたようだった。
アーシファはなんとなく気づきはじめた時もあえてなにも聞こうとはしなかった。
父が言わないと言うことはアーシファが気にする事ではないと言う事だからだ。
ホルマトの家はこの街ではそこそこ有名な家具店で、貴族にも得意先を持っており人の往来は多い方だ。
店が開いたばかりだと言うのに他の店に比べて来客数が幾分多い。
身なりの良い客とすれ違いながら店の奥へ入っていくとホルマトの父親、ホセインが笑顔で接客している。
ホセインはアーシファの姿を視界にとらえると小さく手を上げて見せた。
アーシファは客と彼が話し終えるのを待ちながら店の家具を眺めていると友人であるホルマトがアーシファの肩を叩いた。

「珍しいな。お前がくるなんて」

「あ〜、うん。ちょっと」

「?親父に用があんのか?」

「うん」

「さらに珍しい」

むう、と唸ったホルマトに苦笑いを向けているとホセインは客との取引を終えてアーシファを呼びつける。
アーシファは少し緊張した声で返事をしてホセインの前に立った。
ホセインは家具を磨く布を手にしながらどうしたと尋ねる。
彼もホルマトと同じく自分を訪ねてくるアーシファを珍しく思っていた。

「どうした、アーシファなにか用か?」

「はい、お願いがあってきました」

「どうした改まって。お前が敬語を使うなんて滅多な事じゃ無いな?」

さては、小遣いが底をついたのか?とホセインはからかってくる。
小さい頃からホルマトの家に出入りしていたアーシファはこの家の息子のように扱われていた。
勿論ホルマトがアーシファの家に来れば、アーシファと同じように店の手伝いを
有無を言わさず手伝わされ、まるでお互いがお互いの息子であるかのようだった。

「噂を流して欲しいんですけど」

「噂?どんな」

「ファフリが陛下へ毒を盛って、反逆を企んでいると」

一瞬間を置いてホルマトとホセインはアーシファを笑い飛ばす。
そんなはずはない、と噂話でもタチが悪いと言いながらも二人はおかしくておかしくて仕方が無いようだ。
暫くそうしてたのだがアーシファが真顔のまま二人が落ち着くのを
じいっと待っているのでだんだん笑い方が乾いていく。
やがて二人の親子は信じられないと言いたげにそっと伺うようにアーシファへ尋ねた。

「本当だ」

「どこで聞いたんだお前」

「本人に直接聞いた。陛下に。それでちょっと今ヤバイ状況だから
いろんな人の手を借りたいんだ」

「アーシファ…?」

「ホルマト、俺は盗賊をやってる。それでなりゆきで
陛下の状況を知った。だからお前に助けて欲しいん」

アーシファが言い終える前にホセインはアーシファを殴りつけた。
どうして父親が突然友人を殴るのか理解できず、ホルマトはとっさにアーシファの前に
立ち、いきり立つ父親を宥める。

「いきなりなにすんだよ、親父!」

「どけホルマト!アーシファ、お前ラエドとの約束を忘れたわけじゃないだろう!?
口うるさく言われてるはずだ!!」

父親の体を押しのけようとするのだが一家の大黒柱は
息子一人でなんとかなるような人物では無かった。
もともと家具を運んだりしているのもあって体つきがよく、ホルマトの2倍くらいの
大きさだ。

「わかってます、知ってます、でも俺一人じゃ何も出来ないんです、
おじさんとホルマトは特に顔が広い。俺が頼める人は少ないんだ!」

「知ったことか!俺だけじゃ飽き足りず、ホルマトまで巻き込む気か!」

「友達が死にそうになってんのに、出来る事もしないで生きていたくない!!」

「手に余す友達なんぞ作るからだ!人に頼らなければ出来ない事などやめてしまえ!」

「待てよ俺にわかるように説明しろよ!」

「お前は部屋に戻ってろ!関係の無いことだ!」

「はいそうですかと聞けるか!アーシファ、陛下がって、本当に本当なんだな」

血でにじむ口の端を手の甲でぬぐいながらアーシファは頷く。
ホルマトは頭の中はさっぱり整理できなかったがそれを聞いただけでアーシファが
したいと思っている事を手伝う十分な理由になると思えた。

「わかった。噂を流せばいいんだな?」

「ホルマト!」

「親父、俺は『親友』を手に余すなんてしたくない。手に余る友達なんてどこにもいない。まだ聞きたいこと色々あるけど俺はアーシファを信じる。アーシファは誰かが傷つく事は絶対やらない。もし、アーシファが誰かを傷つける時はそれはやらなきゃいけないからだ」

ホルマトは父親を諭すように言った。
息子がこれほどの事を考えているとは思っていなかったのでホセインはいくらか
面を食らって言葉を失っている。

「お願いします…!おじさん!」

アーシファは地面に頭をこすりつけて懇願した。
溜息が落ちて来て悪い返事が聞こえてくるのが怖くなってアーシファは思わず
目をぎゅっと閉じた。

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