16

これはいつから計画されていたのだろう。
首飾りを探しに出た時も、ファフリの手下に追いかけられた時もこんなに恐怖を
感じてはいなかった。

「クザハがどうして貴方の使用人になっているんです」

「彼は元々私の使用人だ。ちょっと仕事をしてもらいたくて
君の父の屋敷の使用人になってもらった」

「え…?」

「君はもう少し勘の良い女性だと思っていたが?」

「意味が……」

「それは分かろうとしていないのかな?それとも本当に愚かなのか」

そんなものは前者に決まっている。
分かりたくも無い事実を突きつけられて誰が納得すると言うのだ。
ぬるま湯がじわじわと足下から沸いてくるような感覚が襲ってきて
タルジュはとにかく体が震えるのを必死で抑えようとしていたが
身分もわきまえず耳元で囁くファフリを押しのけて、タルジュは広い廊下を走り出した。
彼がこうして自身の計画を漏らすと言う事は他にも何かしらの手を打ってきているはずだ。
計画を漏らしてもファフリの名に傷がつかないような状況になっているのだとしたら
王の御身が危ない。
ファフリの声が残っていて耳を手で塞いでも気味の悪さは抜けなかったが今は気にしている場合では無い。
タルジュは挨拶の言葉も掛けるのを忘れて王の寝室へ勢いよく飛び込み
王を探したが王の姿がどこにも見当たらなかった。
隣の部屋にいるはずのモニール姫の姿も無く走って火照ったはずの体温がどんどん下がっていく。
震える手を押さえたがそんなものでどうにかなるはずもなく、
タルジュは考える暇さえ与えまいと急いで体を走らせた。
脳と体が別のものみたいでこんなに走っているのに疲労を感じない。
城を抜け、人でごった返す大通りを抜けて、顔なじみになったたばこ屋の店主に声を掛けられても走り続け、
まだ仕込み途中で開店していない酒場へと飛び込む。
ぽかんとした顔の妹二人と母親が掃除をしていて、どたどたと言う足音に
店の奥からはアーシファが何事かと顔を出した。

「なに?どうし……」

「アーシファ!…助けて!」

アーシファはタルジュのただならぬ様子を察してすぐさま母親に水を持って来させた。
とにかく座れ、と椅子へ促すと血相を変えて現れた少女は大人しく座って呼吸を整える。
いつどうやってここまで来たのだろうとふと自分でも不思議になってくるくらいに無心で走っていた。
母親から水の入ったコップを受け取り、息継ぎも忘れて飲み干すとようやく体が疲労に悲鳴を上げた。

「どうした」

アーシファは跪いてタルジュの手を握る。

「王がおられないの…!姫も…、クザハが本当はあいつの仲間で、それで…!」

「わかった」

「アーシファ、私どうしたらいいの。考えてもなにも分からないの…!」

「タルジュ、暫くここで休んでろ。あとは俺がやるから」

「どこかへ行くの?私も行く!じっとしていられないもの!」

神妙な面持ちで立ち上がるアーシファを引き留めたいのか、それとも助けて欲しくて
すがっているのかタルジュは自分でもわからなかった。
ただ、ここでアーシファを離してしまったら置いて行かれるのはなんとなくわかったので力の入らない手に神経を集中させて力一杯アーシファの服を掴む。

「疲れて歩けもしないくせにどこについて行くって言うんだ」

「大丈夫よすぐに回復するから…待って…」

「陛下と姫が捕まったのなら待ってなどいられないよ」

「お願い、アーシファ、意地悪な事を言わないで…!」

「意地悪じゃない、今起こってる現実を言っている。タルジュは今は歩けない」

じわりとタルジュの目に涙が浮かぶ。
アーシファはいつかのように淡々と話していてそれが尚更タルジュの不安を煽った。
アーシファの言う事ももっともだが納得できるほどの気力を残していなかったので
宥めてくれるアーシファに苛立ちも募る。
このままでは言いくるめられてしまうと焦っていると事情もしらないはずの妹二人が、
ちょこちょことタルジュの両側に立ってアーシファを睨み付けた。

「アーシファ、タルジュを泣かしちゃダメよ」

「そうだよ、男の風上にもおけないよ」

「お前らなあ……」

「タルジュを泣かせるなら私たちが陛下を探しに行くわ」

「本気だからね。アーシファの行きそうなところなんて大体見当がつくんだから」

「あのな…」

「女の子が待ってって言ってるんだから待つのが男の甲斐性よ」

「甲斐性とかそう言う話しじゃないんだってば」

「何が違うのよ。時間が無ければできないことなんて最初からしなければいいじゃない」

「だから…!」

アーシファが一つ喋ると妹達の口から2つも3つも答えが返ってくる。
答えどころかそれ以上のものまでおまけでついてくるので
次ぎになんと言えば彼女達を納得させられるか考えるので精一杯になってついには
言葉が上手く出て来なくなった。

「アーシファ。少し待っておあげ。どうせこの子達に口では敵わないんだから」

「母さん!」

「大丈夫よ。あんたが準備していた事にはみんな協力してくれるから」

非難の声を上げたアーシファだったがウインクしてくる母親の言葉を聞いて
自分がしようとしている事などすべてお見通しだったのだと気づく。
本当にこの家の…いやこの国の女性には敵わないと溜息を吐いたアーシファだった。



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