14
ファフリに気づかれてはいけないとスルブを連れてきたのは夜も更けたころだった。
毒の解毒剤を持った二人をそっと城に迎え入れてだだっぴろい王宮の中を案内して
王の寝室へと連れて行く。
スルブを紹介した時はモニールが卒倒したり大体の事は平気で流せるタルジュまでもが悲鳴を上げたりと少し大変な思いをした。
女性二人を宥めるのも大変だが当事者であるマフムードは暫くずっと
怪しげな男を睨み付けていた。
スルブは気持ち悪がられる度にきひひと歯の隙間から笑い声を漏らすので
アーシファはその頭をはたいて怪しい闇医者を諫める。
そんな事をしているうちにスルブはいつのまにかマフムードに解毒剤を打ち込んでおり
その手際の良さには正直に感服した。
「一度でなんとかなるようならいいですが、もしかしたら
もう2、3度解毒剤を打たなければいけないかもしれないですねえ」
「すまない、本当にありがとう」
「礼なら治ってから言った方がいいぞ」
「旦那ぁ、信用していないんですか?」
「安心しろ、スルブとやら。アーシファは信用していないやつを私の元へ
寄越したりなどせぬ」
以前も感じたことだが、王のアーシファに対する絶対的な信頼感は一体どこからくるのだろうか。
確か、一度会っただけだと王は話していたがそれだけでこれほどまでに
自分の命を預けられるようになるものだろうか。
うさんくさい男が乱雑に小汚い仕事道具が詰まったこれまた小汚い鞄へ
注射器を放り投げているのをしかめ面で見つめながらタルジュは考え込む。
「今はまだごたごたしていて出来そうに無いが、事が片付いたら必ずそなたのところへ礼の品を送り届けさせよう」
「ああ、王様。それには及びません。私には他に欲しいものがありまして」
「なんだ?こちらで用意できる物であれば申せ」
「そこのオヒメサマの血をすすらせてくだ」
スルブが言い終わるか終わらないかのところでアーシファがスルブの首を掴み
床へ顔をめり込ませた。
スルブがギャッとかヒイヒイとか醜いうめき声を上げながらじたばたしているのを
アーシファは無表情で見下ろしている。
三人は驚いてその光景を見つめていたがモニールだけは体を硬くして小刻みに震えていた。
「ごめんなさい、すいません…!もう言いませんから締めないで…!」
「金輪際だ」
「はい、ハイィイ…すみません、ごめんなさいいい」
「アーシファ、もうそれくらいに…」
「そうだな。俺達は帰るよ」
スルブの首を片手で掴んだまま楽々と立ち上がって言うとスルブは少しじたばたしていた。
線の細い男だがそれでも成人男性を軽々と持ち上げるアーシファの腕力にも驚かされる。
それともスルブ自身が本物の人形のように軽いのだろうか。
それを聞いたタルジュは慌てて上着を持ち、アーシファへ近寄ったがアーシファはタルジュを押しやった。
「タルジュは陛下を見ててよ。モニール様も心配だし。味方が多いと心強いもんだ。ファフリ様もどうやら手は出して来ないみたいだし…」
「そう、よね。私が帰ったら迷惑よね」
「そうじゃなくて。二人に何かあったら俺のところに知らせに来られるだろ」
アーシファはいつものようにタルジュの頭をくしゃくしゃと撫でる。
留守番を任された犬のようにタルジュはしゅんとしていたが
駄々をこねている場合では無い。
アーシファの言う通りいざとなったらアーシファに助けを求めに行くのはこの場ではタルジュしかいなかった。
もう少し、自分以外にも…せめて兵士にも信用できる人物がいたならと歯がみしても遅いが渋々小さく頷いて見せたらマフムードが小さく笑ったのが聞こえた。
「アーシファ。何かあったら鳥を飛ばす。だからタルジュを連れて行ってやれ」
「ダメだ。大体、お前が早く信頼できる部下を作らないからこういうことになるんだぞ」
「それは…私の力不足だな」
「アーシファ!言い過ぎよ!」
「お、ま、え、もっだっ」
「ちょっ痛いってば…!離してよ!」
アーシファは、タルジュが女性だと言う事などお構いなしに頬を両手でむにむにと押して顔を変形させる。
おかしな顔になったタルジュを見てマフムードもモニールも笑い声を上げたが
頬を押されているタルジュには全然面白くはなかった。
ぷりぷりと怒ってみせてもアーシファには通じていないようでようやくスルブの首根っこに持ち替えてから二人は王宮を後にした。
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