12

「アーシファ!」

タルジュはアーシファを止めようとしたがアーシファはタルジュの声が聞こえていないのか
あえて無視しているのかわかりかねた。
ベッドの横に立って青白い顔で寝息を立てている王の顔をじっと見下ろすアーシファの表情が厳しい。
元々マフムード王は健康的な肌色に体もほどよく引き締まっていて快活な雰囲気の持ち主だった。
澄んだ声で民に演説し、民の心を掴み、何より民を愛していた。
まるで今までの彼が嘘のように激変して見る影も無い。
アーシファは王の肩に手を添えて、ベッドの端に腰を下ろした。

「随分と細くなったな」

「………懐かしい声だ。これは夢か?」

「夢だと思うならそれでいい。あんたを助けに来た」

「どうやってここに」

「タルジュが連れてきてくれた。あんたが大変だって、泣きじゃくってこっちが大変な目に遭ってる」

「それは、済まないことをしたな。友よ。お前が助けに来てくれるなんて
これほど嬉しい事は無い」

友?今、王は友と言ったろうか。
聞き間違いにしてははっきり聞こえたが友と言われたアーシファは添えていた手に力を込めている。
理解できないでいると隣で眠っていたであろうモニール姫が内扉をノックする音が聞こえた。

「兄上?何かあったのですか?」

騒がれてはまずいとタルジュが慌てて扉を開いてモニールに顔を見せる。
モニールは最も信頼していた侍女が戻ってきて歓喜の涙を浮かべたがその後ろで
王のベッドへ腰掛ける見知らぬ青年を見て声にならない悲鳴を上げた。
声をあげられなくて好都合だったが事情を説明するのに苦労をした。
何せモニールは人見知りが激しく過剰に自分を誇示しない性格で兄とは正反対なのだ。
そんな彼女をなるべく冷静になるように注意を払いながら一つ一つ言葉を選んだ。
まだほんの少しアーシファに警戒心を抱いているもののモニールはなんとか事情を飲み込み二人に近づく。
何よりあの兄がここ暫くぶりに笑顔を浮かべているのがモニールの心をアーシファに引き寄らせた。

「アーシファは一度、城下へ降りたときに会った友達だ。世の中の仕組みを全くわかっていなかった私を助けてくれた恩人でもある。ホルマトは元気か?」

「元気だよ。俺だって見ての通りぴんぴんしているのに、なんであんたがこの様なんだ」

アーシファはまるで尊敬の念を持って生まれてこなかったような言い方で溜息を吐く。
タルジュはハラハラしながら二人を伺っていたが呆れて見せるアーシファは本気でと言うよりは、まるで早く治せとマフムードをたきつけるような言い方で
マフムードもそれをちゃんとわかっていて不甲斐ないと表情を歪ませる。

「全くだ…タルジュに話しを聞いたろう。おそらくずっと前から食事に、少量ずつ毒を盛られていたのだと思う」

「解毒剤は」

「無い。と言うか作ることは出来るかもしれないが城の医者はすべてやつの息がかかったものたちばかりで信用がならない」

「信用できるやつをつかって街の医者に依頼しろよ」

「やったよ。町中のありとあらゆる医者を頼ったがどれも返事は同じだった」

「城の医者レベルではできるって事だな?」

ふうん、とアーシファは何か思案している様子でこういう時の彼には何か上手くいくような考えがあるときなのだとタルジュは一緒に住んでいて知った。

「言い切れないが、な。タルジュ、そなたモニールの首飾りを持っているな?」

「は、はい、お返しするのが遅れて申し訳ありませんでした…!」

「そなたには悪い事をした。女のそなたに重い荷を負わせてしまったな」

「滅相もございません…!」

タルジュがまるで別人のように丁寧に頭を下げるのを眺めて彼女が
その辺の町娘とは違うのだと実感した。
声には王を恐れ称える気持ちが込められており、その指一つ一つの動作には
王の機嫌を損ねることが無いように細心の注意を払われている。

「そこでだ、今度は友達のよしみでアーシファ。お前が背負ってみないか」

「友達にそんなことを頼むなよ。大体俺がここに来たのはあんたの病気を治す為だ」

「お前は昔から頭が良かった。それもあるだろうが、本当の目的はタルジュを解放させる事だろう?」

「え?」

「買いかぶりすぎ」

「それならそういうことにしておく。モニール、剣を」

いつも憔悴しきっている王が今日はいつになく饒舌だ。
苦しそうにしながらも冗談を言いながら笑みまで浮かべている。
時々モニールを安心させるために笑みを作る事はあってもマフムード自身が
安心したようなほっとしたようなそんな笑みを浮かべるのは久しくなかった。
モニールはタルジュから首飾りを受け取って、部屋の窓に掛けられたカーテンを開けると
窓の外にはまん丸になった月が部屋の中を覗き込むようにして姿を現す。
金属で出来たシンプルな装飾の皿が並べられた棚と一体になった城の柱には
宝石が埋め込まれていた。
部屋の中の柱すべてにそのような宝石が埋め込まれている細工をされているのは
ここ、王の寝室のみである。
その宝石へ首飾りを近づけて月明かりを誘い込むようにして待っていると
月のスポットライトが徐々に首飾りに伸びてくる。
月の光と柱の宝石と首飾りの宝石とが重なった時、柱が自動的に動いて
ゆっくりと横へずれていく。
ずるずると動いた柱の中は真っ赤な絨毯が敷き詰められ、飾られている皿の色よりも鈍い白銀色のシンプルな剣が丁寧に保管されていた。

「王の剣だ。お前が持っていてくれ」

「は?!」

「ファフリの本当の狙いはこの剣だ。これが奪われる前に…お前に預ける」

「ちょっと待て。俺には重い」

「だがタルジュはやってのけたぞ。タルジュにできてそなたに出来ないと申すのか」

「そんな王様みたいな言い方はやめろ」

完全に尻込みしたアーシファは困惑しながら首を横に振る。
タルジュはもともとこの城の侍女をしていたのだから首飾りの価値を理解して
扱うことができるがアーシファはちがう。
どんなに高価なものでも国宝でもただの金の塊にしか見えない。
そのものの本当の価値を理解できないのだ。

「王なのだから王たる言い方をするのは当たり前だろう」

「アーシファ様、わたくしからもお願い申し上げます」

「だから、そう言う言い方はずるい…」

モニールも控えめながら首飾りを胸に抱えて言った。

「アーシファ。お前、盗賊なのだろう。盗賊のくせに王の宝に臆するのか」

「……そんなわけない。なんでも盗む。人だろうが金だろうが宝だろうが」

「頼んだぞ。お前のそういうところが好きだ」

「売っ払っても恨むなよ」

「やつの手に渡るよりはマシだな」





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