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タルジュは必死に昼間起こった出来事をアーシファの両親に説明した。
妹二人はまだ夢の中から抜け出せないらしく自分達のベッドに潜り込んですやすや眠っている。
ランプを部屋の真ん中に置いて、アーシファの母の手当をしながらタルジュの言葉に
耳を傾けていたがタルジュの声が弱々しくなったところでアーシファの母は首を振った。

「タルジュが何に追われてるのかまでは聞く気はないけれど、それとこれとは別なのよ。この子が失敗して後をつけられたのが問題なの」

「アーシファが捕まれば、アーシファだけでなく俺達もそうだ。そうすると芋づる式に一家が処刑台に引きずり出されるんだ。
俺達はそれを分かった上で盗賊をやっていたがだからこそ捕まるわけにはいかない。俺達が最初に教えられる事はな、タルジュ。
相手を巻いて逃げる事だ。盗みに失敗してもとにかく逃げる」

「でも、私がここにいるからあいつらは来たんです…!」

「大丈夫だよ、タルジュちゃんと上手くやるから。二人とも…顔は見た?」

「あとで教えるけど、外にいたのはどうするの?」

「吐かせる」

「…なにするの?」

タルジュの声が震える。
ランプの光に照らされるアーシファの顔が少し怖かった。

「殺す」

「!だ、ダメよ!そんなのダメ!ねえおかみさんも何か言って!」

タルジュは懇願したがアーシファの母も父も険しい表情のまま何も言わない。
それだけはいけない、とタルジュは何度も呟く。

「大丈夫だよ、上手くやるから」

「そんなの上手くしないで!私が出て行くから!そうしたら大丈夫だから!」

「タルジュが出て行く必要ないよ。これは家の問題なんだし。それに
もしタルジュが出て行ったとしても俺はやらなきゃいけない」

こんなにもタルジュが鬼気迫る勢いでいるのに世間話でもするかのように淡々と答える。
言葉は宥めてくれているのにその静けさが返ってタルジュの不安を煽っているのに気がついていないようでアーシファは納得していないタルジュが不思議で仕方ないらしい。
タルジュはアーシファの腕にそっと手を添えたてつとめて冷静に話そうと思ったのだがどうしても声が震えてしまう。

「しなくてもいいの。私が言えば口止めしてもらえるわ、多分…
私の知り合いに偉い人がいるの。その人に頼むから」

「いいよ別に」

「よくないわよ!こんな事で貴方の手を赤くしないで!」

「だから、こんな事じゃないって。家の命がかかってるんだから」

「尚更よ!あいつらは命令一つで動くんだからムダに血を流さなくてもいいの!」

「タルジュの知り合いの偉い人ってファフリ様?」

だんだんとお互いの声が大きくなって冷静さを失っていく。
途中で落ち着け、と宥める父親の声も聞こえずに二人は言い合ったがアーシファは
耐えきれずにその名前を引っ張り出した。
ううん、と暗がりの中、身じろぎする妹二人が寝ているベッドへ母親が近づいてよしよしとあやしてまた眠りにつかせる。
起こしてしまわないかとアーシファは妹の方をちらりを見たが
タルジュがぽつりと小さく不満げに話し始めたのでまた意識をこちらに集中させる。

「あんなやつじゃないわ…あいつは極悪人よ…この国の王様に妹君がいらっしゃるのは知ってるわよね?」

「マフムード陛下の…モニール姫?」

「そう。私、あの方の侍女なの。貴方が盗んだ緑の首飾りはモニール様の、天の首飾りでファフリはこれを狙ってる。
だからモニール様は私にこれを預けてくださって私は逃げた。でも逃げてる途中で野党に襲われて首飾りは盗まれるし、
首飾りは競売に掛けられててあなたに盗まれるし」

「まあ依頼したのはあんたの知り合いだろ」

「あれは使用人のエィビよ。まさか彼が私よりも先に見つけてたとは思いも寄らなかったけど」

「その使用人さんと一緒に行動しないのか?」

「ファフリの策略で私の家族を罪人扱いされてしまったの。それでエィビも…解雇せざるをえなくなって…今はどこかの家で使用人として働いているって」

アーシファは眉をひそめてふうん、と相づちをうつ。

「だからね、私がモニール様に頼めば貴方たちは見逃して貰える。確かに盗賊は良いことでは無いけれど事情が事情だし、現に私を助けてくれたのだから」

「なあ、なんで陛下に助けを乞わないんだ。陛下ならそれだけ悪いファフリ様をなんとかしようとするだろ?」

「陛下は今、…病に伏せっていて国を動かすことが出来ないの。その病だってファフリが毒を盛ったらしいって。でも確証がないから誰も手が出せない。
姫様の地位ではファフリをどうすることも出来ないの」

「随分頭のいいやつだな。なんだ、そのまま国を乗っ取るつもりなのか?」

アーシファの父は冗談だろう?と笑いながら言ったがタルジュは神妙な面持ちのまま黙り込む。
やがて信じられないとみるみる危機感が増してきたところでタルジュはようやく頷いた。

「恐らく」

「元々頭のキレる方らしいと聞いてたがそこまでとはな。まさか陛下の太陽の剣は奪われてないんだろうな?」

アーシファは感心したように言った。
太陽の剣とはこの国が建国された際に、初代の国王が神から賜ったものだとされている。
太陽の剣は王の印、天の首飾りはそれを助ける者の印。
本来であれば天の首飾りは王の后が所有するものであるが現在王はまだ伴侶を得ていないのでそう言った場合は王に近しいものへ与えられる場合が多く、
首飾りは王直々に任命した者に授けらるのであった。
マフムード王は妹姫のモニール姫へとこれを与え、モニールはその首飾りを所有して
王を影ながら支えている。
しかしこの国の地位階級は一番下に一般市民、その上に富裕層があって、軍人、爵位を与えられた貴族、大臣、王の親族、祭司、そして頂点に国王が立つ。
そう、どんなに近しい血縁であっても、王の妹は祭司よりも地位が低く
モニール姫は例えファフリが黒幕であったとしても、何の証拠もなしに
目立った動きを取ることができないのである。



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