ハディード通りの修復工事の働き手の募集はあっという間に定員に達した。
運良く滑り込みで雇って貰えたアーシファは汗水たらしながらも友人のホルマトと
一緒にせっせと資材を運ぶ。
ここは対応は厳しいが賃金はきちんと支払ってくれるので労働者からすれば
かなりの好条件であった。
他の働き場は安い賃金で倒れるまで働かせるのが当たり前になっていたのでハディード通りの補修工事現場は数倍も優遇された職場であり、
尚且つ不思議な事に『よく壊れやすい』場所で有名でもあった。
その度に仕事の無いもの達は通りが老朽化で破損しただとか何かがぶつかって壊れただとかの噂話を聞きつけるとそわそわと辺りをうろつく。
補修工事の働き手の募集の張り紙が貼られるのを待っているからだ。

「今回はぎりぎりだったな〜。あっちをさっさとやめて正解だったよ。
よくここが壊れてるって知ったなアーシファ?」

「うわさに聞いたからさ。ホルマトならすぐにでも行くって言うと思ったし」

口八丁を並べたアーシファは額から流れる汗をぬぐいながら答えた。
壊した張本人なのだから知っていて当たり前だがホルマトにはアーシファが裏で何をしているのかは教えていないので
ホルマトはアーシファの事をなんだかよくわからないけど女にもてる友達と思っている。
太陽がいつものように空を照らし、大地を焼いてしまう勢いで、何もしていなくても暑くて汗がでてくる。
丁度空の真ん中へ登り切った太陽を見上げた現場の責任者が
だいたい目標の数の資材を運び終えたし、と号令をかけて昼食休みを入れた。
労働者はのろのろと体を休めながら日陰を探して持って来た弁当を広げたりハディード通りの飲食店へ昼食を買い付けに行ったりと様々だ。
アーシファはと言えば昼飯を持って来なかったので昼食を買いに行く予定だったが、向かう途中で意外な人物が自分の弁当を届けに来てくれた。

「アーシファ、よかった見つけられた」

「タルジュ」

「これね、おかみさんがアーシファに届けて来てって。私が作ったのだけど」

タルジュはどこか嬉しそうに弁当の包みを開けて見せた。
そこにはいつもの母親や妹達が作ったような綺麗なサンドイッチ…
ではなく少しいびつな形に変形したものでアーシファは一瞬表情を硬くする。

「おっ、誰?彼女?できたの?」

「違う。住み込みの従業員」

「だよなあ、この間のお姉さん昨日も声かけてきたもんな?」

ホルマトが肘でアーシファを小突いてからかいながら言う。

「余計な事言うなって。タルジュも食べていけよ。いっぱい作ったみたいだし」

「邪魔にならない?」

妹達にするようにタルジュの頭を撫でたアーシファに遠慮がちに尋ねると
ホルマトはさっさと三人分の腰を下ろす場所を確保していて
特にタルジュが座るであろう石畳は念入りに埃を払っていた。

「ならないならない。花があった方が食事が美味しくなるもんだよお嬢さん」

三人は他愛もない話しに花を咲かせた。
特にアーシファとホルマトの小さい頃の悪戯三昧の話しには涙を浮かべながら
コロコロと笑い声を上げる。
どれもこれも子供の可愛らしい悪戯だが当時の本人達は至極まじめに行っていたわけで
今でもその気持ちは変わっていないらしい。
懐かしいと思う事はあれど、後悔した事など一度たりてないのだと言う。
ホルマトがタルジュの幼い頃はどうだったのかと尋ねたのでアーシファは興味がなさそうにいびつなサンドイッチを頬張っていたが聞き耳はきちんとたてていた。
彼女は富裕層の出で両親はさまざまな宝石や装飾品を扱う商人なのだそうだ。
どうしてアーシファの家に住み込みで働いているのかと尋ねられるとすんなり
社会勉強だと述べた。

「ふ〜ん。金持ちの考える事はわからんけども、何もこんなやつの家で働く事はないんじゃないか?俺の家だってそこそこ名はあるぞ」

「ホルマトの家は何をしているの?」

「ホルマトの親父さんは家具屋だよ」

「へえ〜すごいのね!お家の手伝いはしないの?」

「それこそ社会勉強かな。って言うか俺はあんなちんけな家具屋で終わるつもりがないからね。世界に出てもっともっと大きな男になりたいんだ」

「素敵」

普段、特に女の子から心の底からの尊敬の眼差しを受けてホルマトは気分を良くしたのかまるで自分の出来の悪い息子だと言わんばかりにアーシファへと話しを移した。

「それに比べてアーシファはあっちへふらふらこっちへふらふらと…黙って家を継げばいいのに」

「俺はいいんだよ。食う分とそれなりの余裕があれば」

「要領は良いくせになぁ」

仕事に戻るぞ、と急かしたアーシファは自分の昼食の包みだけをタルジュに押しつけて
さっさと持ち場へ行ってしまう。
そんな友人の背中を見つめながら残りのパンを口へ押し込めたホルマトは
しみじみと残念そうに勿体ないなぁ、と呟いたあとタルジュに行ってきますと
太陽のような笑顔を向けて持ち場へと戻っていった。

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