「首飾りを取り返してくれてありがとう」

「どういたしまして。じゃあ」

「ちょっと、待ってよ!もう!」

「なんだよ。忙しいんだよ」

用は済んだと踵を返すアーシファの腕を掴んで引き留めた少女に
苛立ちを見せたが少女は気に掛ける様子も無い。

「私をかくまって欲しいの」

「は!?」

「行くところがないのよ!」

「さっきの知り合いのとこにでも行けば良いだろ!」

「あの人はもう私とは関係がないの…」

「大体あんた金ないんだろ?!そんな事良く言えるな!?」

「お願いよ、ちょっとの間でいいの!何でも手伝うから!」

「断る。住み込みで働かせてくれるところならいくらでもある。
よそを当たってくれ」

きっぱり断ったアーシファが店の奥へ戻ろうとするのを少女はやや暫く見つめていたが
耐えかねてついには大きな声を上げる。

「待ってってば…!置いてくれないと貴方のことバラすわよ!?」

人気の無い場所とは言え、それなりに往来はあるので少女が大きな声を上げれば
気がついた人々はそちらに視線をやる。
この時間のこの地帯での喧噪は日常茶飯事だが人の習性というものはどうしても
抜けきらないのである。

「…それは俺の家族に死ねって事?」

「え?」

「俺がこの仕事をしてるってバレたら家族も皆殺しなんだよ。
それくらいわかるだろ」

少女はアーシファと出会ってから初めて、決して人に向けられるものではない視線を浴びた。
お金が無いと言った時も、依頼人に会わせろと無理を言った時も呆れはしていたがこんな侮蔑の眼差しは絶対にしなかった。
そっけない態度も多かったがちゃんと人として対応してくれていた。
けれど今は違う。
その原因を作ったのは紛れもない自分なのだと気がついて少女は体から血の気が引いた。

「あ………」

「バラしたいならそうしたらいいよ俺は逃げないけど、
家族を逃がす余裕くらいはくれよな」

「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃないの!私が悪かったわ」

慌ててアーシファを引き留めようと少女は駆け寄るが先ほどのように
触れてはいけないような雰囲気に尻込みして伸ばした手を引っ込めた。
いくら行く当てが無いとは言えそれは一番言ってはいけない言葉であった。
それを避けるために彼らは依頼を受ける際は細心の注意を払って2重にも3重にも
仲介者をおくのだから。

「……そんなにかくまって欲しいのなら俺じゃ無くて親父に言ってくれ。俺の店でも俺の家でもないからな。それにあんたの事が心配で聞き耳立ててるみたいだし」

アーシファは少女に背を向けてしまったので表情をうかがい知る事はできないが
声が幾分柔らかくなった。
もう怒ってはいないようだが顔を向けてくれないので完全に許してくれたのではないみたいだった。
少し悲しくはあったがそれは自業自得なので文句を言う事は出来ない。
アーシファの言う通り店の方へ視線を移すと大きな男がちらちらと行ったり来たりを繰り返していてまるで話しかけてくれと言わんばかりだ。
ありがとう、と声をかけたがアーシファは酒の瓶が詰まった木箱を運び始めて返事はしなかった。

「タルジュと言います」

「まあ、女の子が増えるのはいいわねえ〜!男はだめよ。力仕事しかできないんだもの」

ろくな事情説明もしていないのにアーシファの両親は二つ返事でタルジュを受け入れてくれた。
タルジュにとっては細かい事まで詮索されないのはとても助かったが少しだけ良心が痛む。

「母さん、あんまり父さんをいじめるなよ」

「あら、父さんだけじゃ無くてあなたにも言ったのよ」

「俺はその通りだからいいけど父さんは違うだろ」

「父さんは大丈夫よ。私の夫だもの」

よくわからない、とアーシファは首を振っていたがアーシファの父はそんな妻の言葉を聞いてどことなく嬉しそうであった。
なにが嬉しいのかさっぱりわからないアーシファは相変わらず溜息ばかりで
せっせと木箱を運んだ。
アーシファの妹二人に手を引かれたタルジュはたんまり溜まっていた
食器の山を見て目を回しそうになったが今日は少ない方だよ、
と教えてくれた妹達がこれらを毎日こなしているのだと考えたら感心してついつい自分もやる気が突き動かされた。
とは言え普段やった事の無い仕事とは上手くいかないもので
何枚か皿を割ってしまったのには頭を悩ませるのだった。




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