少女は案の定アーシファをまるでこの世の人間では無いような目で睨み付けた。
全く予想通りの反応をしてくれたのでそのまま諦めてくれれば事は済む。
それ以上の事を要求してやれば確実に少女は諦めると踏んでいたが
あまりにも可哀想に思ったのでそれはやめた。
とは言え年頃の、しかも育ちの良さそうな少女にキスをせがむのもほんの少しだけ酷だったかもしれない。
屈んで、と言われたので大人しくアーシファは屈んでやった。
ここでアーシファの隙を見て逃げるなり、首飾りを奪おうなり何かしら抵抗してくれればそれで交渉決裂。
話しは終わり。
アーシファはさっさと少女をまいて依頼主へ届ける寸法で、あった。
が、予想しない感触に襲われたのにはさすがに驚いた。
目を開いて飛び退くとそこにはまっすぐ見つめる少女がいた。
約束は守りなさいよ、と先ほど触れたであろう唇が動く。
泡を食って飛びのき、そんなホイホイと口を合わせるなと説教してやろうともおもったが
少女の肩が震えていたので口を噤んだ。

「連れてってやる。ただしたどり着いた場所を誰にも口外しない事。
これは絶対だ。守れよ」

「わかってるわよ」

「じゃあ行くか。はぐれるなよ」

「子供じゃ無いのよ」

こうもあっさりとされてしまうとは夢にも思わなかったアーシファは観念して少女を目的の場所まで案内する。
コカトリスの箱に挟まっていた文字は、とある絨毯屋を指しており、そこに依頼人が待っているというわけだ。
二人は気絶している男たちを残して狭い小道から大通りへ出る。
特にアーシファはあたりへの警戒を怠らずに、それでいて自然に歩いている風を装いながら向かった。
絨毯屋へたどり着くと声一つかけずにずかずかと店の奥へ入っていくアーシファに
驚いた少女はアーシファのベストの裾を引っ張ったが
アーシファはにこりと笑うだけであった。
不思議と従業員の姿がみえず少女が不安に思っていると開けた一室に足を踏み入れる。
そこには見慣れた顔の男と、ターバンを巻いた見慣れない男が椅子に座って談笑していた。

「クザハ!?」

「お嬢様、どうしてここへ?」

「おや、知り合いですか?」

見慣れないターバン男が少女とクザハと呼ばれた依頼主を交互に見つめる。
二人が知り合いだったことには勿論アーシファも驚きはしたがどちらにせよ、
彼の仕事は頼まれたものを依頼主に渡すことである。
懐から緑の首飾りを取り出して依頼主に近づき首飾りを確認させると
クザハは確かに、と頷き荷物から金の入った小袋をアーシファに手渡した。
これで無事依頼は終了である。

「どういうことなのクザハ?」

「お嬢様の首飾りを取り戻す方法はないかと色々調べていたんです。
そしたら大抵の事は引き受けてくれると言う盗賊がいるって話を聞きつけたので
この首飾りを盗んでくるようにと依頼をしたのです」

「そんな……」

「お嬢様はどうしてここに?」

「競売で混乱に乗じて首飾りを盗んだこの人を追いかけてたの。
そしたら依頼主がいるからって言うので案内してもらったのよ」

再開した二人が話しに花を咲かせているうちにアーシファは絨毯屋に小声で挨拶をして
そっと部屋から出て行く。
首飾りの代わりに懐に入った袋はごつごつした宝石の装飾よりも感触が柔らかく
心なしか暖かい。
そもそも気温が暑いのだから体を温める必要などどこにもないのだが
『懐』はいつの季節も暖かい方が心も潤って気持ちがいいものだ。

「ちょっと!待って!ねえ、あなた!」

少女が息を切らして店から飛び出してくる。
アーシファは、一度立ち止まって振り返ったが少女が追いつくのを待たずに
また民家の隙間に滑り込んだ。
見失ってはいけないとアーシファが入った隙間へ少女は急いだが
そこは行き止まりでアーシファの姿が忽然と消えていた。
視線を上に上げたが高い壁が空に向かって伸びていてこの短い時間に
昇っていけるとはとても思えない。
一言礼を言いたかったのにそれが叶わないままで少女はほんの少しだけ
残念な気持ちになった。





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