富裕層の人間には不慣れでもここが生活の拠点であるアーシファには人混みをすり抜けるなど造作も無い事だ。
まるで風のように人の間をすり抜けてハディード通りを飛び出し、続く外の露店街を進んだ。
密着して行き来する事は無くなっても人の往来は無くならないままで
こんな沢山の人は一体どこから現れてくるのだろうと不思議に思う。
澄ました顔のままアーシファはたばこ屋までたどり着くと店主と目を合わさないまま
コカトリスを一つ、と注文して辺りを警戒した。
たばこ屋の中年の男はごつごつとした節だった手でたばこを番台に置いてその鼻の下に蓄えた黒々としたひげを動かして小さな声で言った。

「騒がしいのはお前さんの所為か。気をつけろ」

「案外手が早いんだな。わかった」

流れ作業のようなやりとりを終えるとアーシファはすぐにまた人混みに紛れる。
下手にこそこそと小道に入るよりはこちらの方が追ってや警備をまきやすい。
第一にアーシファが盗んだとはまだ気づかれていないはずだから怪しい動きをしなければまずバレはしないのだ。
しかしそれとは別にさっきから視線を感じているのでのらりくらりとなるべく人に紛れて歩き続ける。
どうやら追って来ているのは一人で尚且つ女であった。
薄い紫のヴェールを頭から被っているので顔は良く見えないが
若い女だ。
どうしたものかと考えたが女一人ならばなんとかなるだろうと入り組んだ小道に滑り込む。
小道は沢山の家が無造作にたてられたおかげで出来たもので一度や二度通った程度では絶対に覚えられない。
まして旅行客などは案内が無ければ途端に迷ってしまうのでよく狭い路地で喝上げや脅迫を受けてすすり泣いているのを見かけた。
アーシファはするすると流れるように進んで行ったがやがて女の姿が見えなくなった。
まく事が出来たかと安心して胸をなで下ろしたところで先ほど通ってきた道から悲鳴が上がる。
女のものだ。
十中八九先ほどの女だろう。
勘弁してくれと溜息をおおきく吐いたが見過ごすわけにはいかなかったのでしぶしぶアーシファは道を引き返した。

「離しなさい!」

「綺麗なお姉さん、こんなところを一人で来るなんて襲ってくださいって言っているようなものだよ」

「金目のものを置いていけば何もしないさ」

「ふざけないで。貴方たちに置いて行くものなど一つもありません」

「一つもありません、だってよ。どっかのお嬢さんか?……じゃあ剥ぐか」

初めは会話の余地もあったようだがそれもかなわないと踏むとだらしない格好の男が三人女を囲んで表情を変える。
さすがにこの状況はまずいと思ったのか女は背を家の壁につけて身を寄せる。
寄せたところでどうにかなる訳では無かったが着ているものを剥がれるのに抵抗ぐらいはできる。
男の一人が女の被っていたヴェールに手をかけ、もう一人は女の腕を掴んだ。
こうなってしまっては女と男の力の差が歴然でどんなに抵抗しても引きずられてしまう。
残る一人が腰帯に下げていた剣を鞘から引き抜いたのでいよいよまずいと思った女は
思わず目をつぶったが一向に痛みが走らない。
それどころか自分の悲鳴では無くて男達のあまり聞きたくない声が短くぎゃっと3回響いた。
恐る恐る目を開けると追いかけていたはずの青年がそこに立っていて
三人の男達が地面に寝転がっている。

「対処できない癖にこんなところまで追いかけてくるなよ」

「貴方がそれを持って逃げるからでしょう。返して頂戴。それは私のなんだから」

アーシファが呆れた顔で言うと女はキッと睨み付ける。
ヴェールを被っていたからてっきり年上の女かと思ったが
アーシファと同じくらいの少女だった。

「おかしな事を言うな。コレは拾ったんだ。だから俺のだ」

「違うわよ。それは私のよ。それに見たんだから貴方が上手にかすめ取っていくの」

「なんだ、あんたが競り落とす予定だったのかそれは悪い事したな」

「競り落としなんかしないわよ、奪い返しに来たんだから」

「…過激な事言うお嬢さんだな〜…」

少女はアーシファに詰め寄った。

「だから、それは元々私のなの。それを盗まれてさっき競売にかけられてたの。
それを取り返しに来たら貴方が盗んでいくから」

「俺を追いかけたの?」

ふーん、とすごむ少女に臆さずやや考えてみぞおちの辺りを手で押さえたそこには、ごつごつとした緑の首飾りが無造作に入れられている。
仮に少女が本当の事を言っていたとしてもこれを依頼した人のところまでは届けなければならない。
たばこ屋で買ったコカトリスの箱をポケットから取り出し、その箱のミゾに挟まれた紙切れを開くと小さく文字が書いてある。
文字と言うには複雑でまるで記号のようなそれを確かめるとアーシファは腹をくくる。

「わかった。じゃあこうしよう。俺はこれをある人に頼まれて持ってきた。
だから一旦その人へコレを渡す。で、あんたも一緒にその人のところへ連れて行くから
あんたはその人と交渉したら良い。そんなに悪そうな人でもなかったし、もしかしたら良い返事を貰えるかも知れない」

「…わかったわ、じゃあその人のところへ連れて行って」

「ただし、報酬は貰う。あと口外しないって言う署名」

「報酬!?何よそれ!」

「当たり前だろ。あんたが何者かもわかんないのに。この提案だって俺達にとってはかなり危険なんだから」

「…お金なんて、無いわ」

「またまたぁ、そんないい身なりしておいて」

アーシファは冗談だろ?と聞き返す。
しかし少女は表情を曇らせたままうつむく。

「本当よ。着の身着のままで出てきたから」

「それは困る。じゃあ連れて行けない」

「待って、待ってよ」

「なんか持って無いの?」

「無い…ねえ、他の事ならダメなの?どこかで働くとか」

「う〜ん…じゃあキスしてよ。そうしたら連れてってやる」


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