そもそも傭兵をしているのだから戦闘の経験も、酒場で喧嘩した経験だってある。
さっきまで隣に並んでいた男がそうだった。
今ではいい飲み仲間だが喧嘩した時はそれはそれは派手にやりあったものだ。
しかし突然現れた男は店内に入ってくるや否や店の壁やテーブルを器用に使って天井へジャンプして、照明を掴み男達の頭上を飛び越えて上手にサフワに蹴りかかった。
勢いもついていた為威力は増しており、サフワは数人の男達と一緒にカウンターまで吹っ飛ばされてうめき声を上げる。
突然現れた男はサフワの前に立ちはだかると冷たい目で見下ろして
右足を軸に左足を上げた。

「やめて!その人は悪くないの!蹴らないで!」

「こいつに泣かされたんだろ?」

「違うの!私がびっくりして泣いただけよ!この人は助けてくれたの!」

「庇う事はないのに」

「庇ってなんかいないわよ、兄様が勝手に勘違いしているだけ!
どうしてそんなに見境がないの!」

蹴られた胸をさすりながら上体を起こしてサフワはカントの言葉を頭のなかで復唱していた。
兄?
カントの兄は確か闇色の髪の少年だったはず。
エムシ皇子でなければもう一人、確かフォレガータ女王には息子がいた。
他の国へ赴き、その大国の王になった、その人が。

「見境はちゃんとついているよ。こいつが手紙の男だろ。だから蹴ったんだ」

「じゃあサフワの後ろの人達は、どう説明するの」

「俺の力量不足」

「ふざけないで!私は怒っているんだからね!」

カントに詰め寄られている男はフードを被っていて顔は布で隠しているので
表情がよく見えないが、明らかに動揺している風だった。

「そこの二人、悪かった。やりすぎてしまった」

「それで済ませるのか、にーちゃん」

「いや、カントの言う通りやり過ぎたし。お詫びに今日のここの酒代は俺が持つよ」

顔も見えない男の言葉に酔っ払っていた男達の酔いもすっかり吹き飛んでしまった。
今この場にいる全員となるとかなりの金額になるしその上彼らはまだ飲み始めたばかりなのだ。
それを全部この突然現れた男が払うなどいくら詫びとは言え飛躍しすぎている。

「あんたよっぽどの貴族さまなのか?」

とてもそんな風には見えないのが正直なところだったが
それよりも更に驚いたのがまた見知らぬ男が店に入って来て
フードの男をめがけて直進していく事だ。
あらわれた男はフードの男とは違い、軽装備ではあるが騎士の出で立ちで
握り拳を作ると思いっきりフードの男の頭を殴りつけた。

「いってぇ!」

「ちょろちょろすんなって言ったばかりだろーがお前は!
なんだって一人でつっこんでくんだよ!」

「カントが泣いていたから」

「ふざけんなよ、俺の身にもなれ」

「タクト兄様!うそ!?」

「これはこれは、お久しぶりです」

にこり、と笑った男はころりと態度を変えて飛び込んでいくカントを軽々しく抱き上げる。
身につけている装備などの装飾からしてかなり身分が高いのがわかった。
サフワは自分といる時よりも嬉しそうなカントを見てほんのちょっとだけ胸が痛んだ。


決して蹴られたからではない。

「ところでだ。陛下。あんたここを全部持つって金あんの?」

「あっ!城に置いてきた…」

「だからもう少しゆっくり準備しろって言ったろ…そのフードでも売ってくればどうにかなるんじゃね?」

「ええ…これ結構気に入ってるんだけど」

「お前が撒いた種の後始末だろ。文句言うな」

「陛下って、あの、そいつの兄で陛下って」

「妹をそいつ呼ばわりか、お前」

フードを被っていた男がサフワを睨む。
この威圧感はどこかで感じた事のあるものだと思いながら、
質のよいそれを脱いだ男の顔が表れるといよいよつばを飲み込んで蹴られた事など忘れて跪いた。



「ユルドニオ、国王陛下…!」






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