女がころころと笑い声を上げた。
サフワが何も言えなくなったのは決して女がおもしろがっているからではない。
カントからの絶対的信頼に応えなくてはいけない状況にされてしまったからだ。
彼女が仮に、この場全員に平伏しろと言えばみんなそうせざるを得ない。
何故なら彼女がこの国の次期女王だからだ。

たとえ後先を考えないツメの甘い世間知らずだとしても。


「凄く賑やかなのね。私酒場には初めて来るの。ここまで来るのに
いろんな人にぶつかってしまったわ」

「ケガしていないのか、大丈夫か」

「それくらいでケガするほどか弱くないわよ」

「その子が意中の子なの。可愛らしい」

女にはカントの事は城の中にいる女の子としか説明していなかったので
恐らく女官かなにかだと勘違いしているはずだ。
そもそもカントが皇女だと言うつもりはなかったのでそれはそれで好都合だったが
問題はそこではなかったようだ。
女の台詞を聞いた常連客の酔っ払いの一人がまるで宝物を見つけたような顔で
女の台詞を繰り返したのである。

「サフワの意中の子だって!?その子がか!」

「何!?どいつだって!?」

そもそもここには酔っ払いしかおらず、更にその酔っ払いの大半が
普段、傭兵家業で鍛え上げられたたくましい体の中年親父で
時折華奢な男も混じっているものの、中身は彼らとほとんど変わらない陽気で豪快な人達ばかりだった。
突然彼らは一致団結したかと思うとあれよあれよとサフワを押しのけ、
カントに群がると珍しい動物を観察するかのように小柄な少女をあっという間に囲んでしまった。
一瞬のうちに引きはがされた二人の間には沢山の人垣が出来ていて
かすかに声はすれども姿が見えない。
カントに近づこうと身をよじっても両腕をがっちり掴まれてしまってその場から動く事が出来なくなった。

「お前らふざけんなっ!離せってば!」

「なぁんだよサフワ。可愛い彼女見つけたな〜」

「違うってば!とにかく離せ!」

一番タチが悪いのは彼らに悪気がないところだ。
彼らは純粋に仲間であるサフワの彼女というものがどのような人物か興味があるだけで
悪戯をするつもりでも乱暴をするつもりでもなかった。
ただし彼らのそのいかつい容姿の所為で時々誤解されるのも事実である。
カントと男達の間に一定の空間はあったにも関わらずカントの様子がみるみる豹変していった。
小さなからだが小刻みに震えて細い指がスカートを力一杯握っている。
その大きな目から大粒の涙がこぼれるとさっきまで脳天気に笑っていた男達もまた一変して
おろおろと狼狽え初めやがては互いの身を押し合いながら自分の所為では無いと身の潔白を訴えだした。

「お前ら。どーすんだよ。そんな小さい子泣かして?
責任取れるんだろーな?」

「お、俺達は別に怖がらせるつもりじゃあ…」

「やりすぎだって、いつもいつも言ってんだろ!どけよ」

力の緩まった拘束から逃れたサフワはカントに近づきながら
情けない表情に変わった真っ赤な男達の顔を睨み付けるのを忘れずに前に進んだ。
手を伸ばすとカントの方からサフワに抱きついて来たので子供をあやすように
背中を叩いたり頭を撫でてやったりした。

「こいつらも悪気があったわけじゃないんだ、許してやってくれ」

「違うの、サフワがいきなり見えなくなるからびっくりしたの。この人達の所為じゃない」

「あー…体鍛エマス」

この人達の所為じゃないと聞いて一番胸をなで下ろしていたのは周りを固めた男達だ。
安堵の息を吐きながら四方八方から謝罪の言葉が飛んでくる。
カントも言葉通り驚いただけだったのですぐに涙も止まって周囲に笑顔も見せる。
落ち着いたカントを改めて紹介しろとはやし立てる周囲にサフワが頭を抱えていると
酒場の入り口が開く音がした。
客が出たり入ったりするのは至極当たり前の事なので誰も気にも留めなかったが
その入って来た人物が男達の頭を飛び越えてサフワめがけて飛んで来るなど誰も予想もしなかった。







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