少女はこの集落出身の人間では無い。
生まれてまもない頃、集落の外の森の木の下に捨てられていたのを
今の養い親が見つけて引き取り育てた。
養い親は、集落の領主を護衛する一族の長でそれはそれは武術に長けた
体の大きな男だった。
妻は早くして病気で他界しており子供は無く、
そんな男を神が哀れんで子供と引き合わせたのでは、と誰かがそっと囁いた。
少女は物心がついてくると同じ年頃の子供達と遊ぶ事はせず、もっぱら男に付き添いたがるようになった。
そうして男の武術を楽しそうに見よう見まねで集落の人達に披露していた。
少女は特に男に武術を習いたかったわけでも、彼と同じような護衛になりたかったわけでもなく、それが彼女の中で一番楽しい「おままごと」のようなものだったのだ。
男も少女の気持ちを汲んでいたので無理強いして武術を習わせるでも、かと言って
子供達の元へ追い立てる事もなくただ流れに任せるように少女を傍に置いていた。
やがて護衛の一族の誰かが少女を本格的に鍛えてはどうかと提案してくる。
それは周りがうすうす感じていた事ではあったが、少女の身体能力は平均的に高いものだと
結論付けられたのだ。

「お前、お館様の護衛をする気はあるか」

「でもわたし、武術は出来ないよ」

「出来る出来ないはあとからどうにでもなる事だ。問題はお前にやる気があるかないかだ」

「どちらかと言えばある」

「曖昧な答えはいけない。急いで決めろとは言わないからあと一週間じっくり考えて答えを聞こう」

「わかった」

少女は養父であるエイベルの言葉を噛みしめて頷く。
10歳とは言え大人の言葉をちゃんと理解できるのだからと
エイベルはアスターを子供扱いしようとは考えていなかった。
彼女はいつでも自分の考えをしっかり持って行動している。
それは育てていく中でエイベル自身も感心して見習うべきだと思ったところだ。
それから一週間アスターは、いつもと変わらずエイベルのあとをついて歩く。
ジャマになるようであれば距離を置いて自分もまた身の危険が及ばない場所で
エイベルの仕事を見つめていた。
そう言う点では賢い子供である。

「アスター、お前いっつもエイベルに付いてくるな」

「エイベルの仕事を見るのが楽しいの」

「そうか?父さんの後ろにずっとついて行くだけだぞ?それよりもあっちにきれいな鳥がいたんだ。見に行こうぜ!」

「でもわたし」

「いーから!」

同じ歳の少年はアスターの手を無理矢理に引っ張って大人達の横を走って通り過ぎてゆく。
子供達の微笑ましい光景に誰もが表情をほころばせていた。
バジルが幼いながらもアスターへ恋心を抱いているのは大人達には周知の事実であったがその気持ちを向けられているアスターはそれには気がついていない。
彼らがこれからどう成長していくのかとても楽しみに思えた。

「バジル、あまり遠くへ行ってはダメだぞ」

「大丈夫!森はおれたちの庭だよ!」

小さくまだ筋肉も十分に発達していない手足で森を駆け抜ける。
バジルが言うようにここは大きな彼らの庭だった。
大きく開いた枝も、ところどころ虫に食われた葉も、風が吹く度に揺れる花も、
木々に覆い尽くされる空も。
空気すらも子供達の遊び道具だった。
だからちょっとした危険な場所も子供達には絶好の遊び場なのだ。


「ほら、あの木の穴に雛がいるんだ。雛もまあ可愛いけど、親鳥がとくにきれいなんだ」

「あっ来た!」

父親の隊列が歩いていた道から少し逸れた獣道の、大きな木の中間部分には
真っ黒な穴がぽっかりと空いている。
そこからは親鳥の帰りを待つ雛たちの鳴き声が響いていた。
二人が草むらの影でじっと待っていると親鳥が空から降りてきて
するりと穴へ入っていく。
ごちそうを持って帰ってきた親鳥へ群がる雛の様子が想像できるくらい
雛たちは元気いっぱいに鳴き声を上げていた。
やがてエサが無くなったのか親鳥は穴の縁に姿を現した。
ひとときの休憩のつもりか穴の縁にとまったまま動こうとはしない。
丸くて小さい体を震わせては羽を繕い、辺りを見渡している。

「かわいい…」

「だろ!アスターに見て貰いたくて…」

「若はいろんな事を知ってるんだね」

「そうだよ、俺はなんでもしってるんだ!」

バジルはアスターが喜んでくれた事が嬉しくて表情を綻ばせる。
バジルは物心ついたころからアスターに好意を寄せておりアスターはそれに気づいていない。
それが少しもどかしかったが小さな女の子にそんな言葉を告げなくても、
きっとアスターなら分かってくれるのだとバジルは勝手にそう思っていた。

「なあアスター」

「なに?」

「アスターが大きくなったら俺が嫁に貰ってやるよ」

「…いらない」

「えっ!?」

「私、エイベルの手伝いをするし、バジルは領主様のむすこだから護衛が
そんなたちばに立っちゃいけないんだよ?」

バジルはアスターの言葉の半分も理解できなかった。
とにかくアスターが自分の申し出を断った事が気に入らなくてみるみる顔を
真っ赤にして勢いよく立ち上がる。
人気を感じた鳥たちは驚いて羽ばたき、何処かへ行ってしまうし、
アスターはなにやら急に機嫌が悪くなったバジルに目を白黒させている。

「なんだよ、いみわかんねーよ!」

「!バジル待って!そっちは危ない…!」

アスターがそう叫んだ時にはバジルは脇目も振らずに崖の方へ走り去っていく。
背中がひやりと冷えたアスターは、慌てて追いかけるがその途中でバジルの
つんざくような悲鳴を聞く。
下唇を噛んで急いで駆けていくが生い茂る草木が邪魔をしてなかなか先へ進まない。
バジルが死んでしまうと思ったアスターはみるみる目に涙を浮かべていったが背後から
近づいてきた見慣れた人物が現れた事によって、アスターはいよいよ声をあげて泣き出した。

「エイベルどうしよう!バジルが!」

「お前はそこにいろ。バジル様は俺が見てくる」

「う、うん…ごめんなさい…!」

何に謝って良いのかもわからないがそう口からぽろりと言葉が漏れる。
バジルが崖から滑り落ちた事も、それによって軽くはあるが足に軽傷を負ったことも、
すべてバジル個人の責任だと領主であるバジルの父親は慰めてくれた。
養父のエイベルがそれでも娘の責任だと深々と頭を下げる横でアスターは決心したのだ。
バジル様は自分が絶対に守り抜くのだと。






[ 54/59 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -