広い部屋は、アガタの小さな家などすっぽり収めてしまう程で
敷いてある絨毯は細かく刺繍が施され、天井を見上げれば豪華なシャンデリアの照明、壁に触れれば繊細な彫刻が刻まれている。
そこに柔らかい大きなソファがいくつかと、テーブルが置かれており、テーブルには宝石がいくつも装飾品として取り付けられている。
はあ、とため息をついたのはキリで、こんなにも豪華な場所を訪れた事がない少年にとってはまさに夢のようである。
上座に座ったフォレガータに対面するようにテーブルを挟んでアガタが座り、
その右横にキリ、キリの前にウォンネーゼと、ウォンネーゼのとなりにシャンニードが座っていた。
クッキーを勧められたキリは、言われるがまま黙々とお菓子を頬張る。

「さて、説明してもらおうか」

「この子はフォレガータが帰ってから一週間くらいして山道で見つけた。
最初は町の人に預けて孤児院にでも入れてもらおうかと思ったけど一旦家に帰ったら
ポチがやたらと気に入るし、キリも俺が離すと泣き出すしで俺が育てることにした。
まあ町の人もなんとなくやっかいそうな顔してたからいいんだけど」

「それで。なぜ手紙を寄越さなかった」

「……わすれてた」

「そんな言い訳がこの私に通じるとでも思っているのか」

「本当だってば…大体、手紙なんて書いた事ないんだから何を書けばいいのかわからないって」

「あの、王女様。アガタの言ってる事は本当です。この人そう言うのすぐ忘れるし、あとちゃんと王女様に書こうとしてた時もあったんですよ。ずっと書く内容に悩んでましたけど」

「キリ…と言ったな、お前は私の事をアガタからどんな風に聞いている」

「どんなって…」

「…質問を変えよう。アガタは良い父親か?」

フォレガータの質問に暫く悩んでいたキリだったがアガタの事を尋ねられると
きっぱりとした口調になる。

「お…僕は良い父親だと思います。普通じゃ無いかもしれないけれど、僕は
アガタに拾われて本当に幸せです」

噂に違わず人々から敬遠されていた無礼な魔術師に拾われたと言うこの整った顔の少年は、まるで別の誰かに育てられたように正反対に礼儀正しく、素直であった。
やや人見知りするところと、ぶっきらぼうなところはやはり養父に似ているが
それを差し引いてもさっきから自分の事をまるで他人事のように話す魔術師とは天地の差があるように感じられた。
本当にこんな男と結婚するつもりなのだろうかとウォンネーゼは
これから先の苦労が見て取れるような気がしてため息を吐く。

「姉上…考え直す気には…」

「ならない」

「兄上はいい加減諦めたらいかが?」

「あのなあシャニ、特に姉上に関しては国も関係してくるんだぞ」

「あら、わたくしはアガタ様はすてきな方だとお見受けしますけど?」

妹のシャンニードは持ち前の明るい笑顔でウォンネーゼに聞き返す。
確かにアガタは容姿はいい。
その件に関しては他国の王子達だって個人差はある。
王族だからとて誰も彼もが整った顔立ちや体型をしているわけではなかった。

「そりゃあ、顔がいいのは認める。でもそう言う事だけじゃ…」

「そうだね、俺、政治とか嫌いだし。大体王族はだいっ嫌いだ」

「お前に政などさせる気はさらさらないぞ。ただし城の結界くらいはなんとかしてもらうがな」

間髪いれずにフォレガータが答える。

「城の魔術師がいるんじゃないの?」

アガタは怪訝そうに聞き返した。

「あんな私腹を肥やす事しか興味の無い先代の遺物みたいなやつらに何ができる」

「その遺物は翁の弟子の俺が一番気に入らないんじゃあないの?」

「なんだ、お前でも周りを気にする事はあるのだな」

「あんたがやりづらくなるんじゃないかって言ってんの」

「言っただろう。遺物は所詮遺物だ。未来に益をもたらさないのならさして必要もない。私は遊びで国を預かるのではないのだ。国の…民の為とならないのなら切って捨てる」

「それで翁は切って捨てられたのか」

「翁は切るべきでは無い人だった。先代の判断ミスだったのは認めよう」

「王族の言葉は本当に軽いな」

「馬鹿な過ちを繰り返さない為に私が王になるのだ」

「フォレガータが間違ったら誰が尻ぬぐいするって?」

「そうならないように努める。とは言え私とてただの人間だ。神じゃない。支えてもらわねば。だからお前を呼んだ」

フォレガータはアガタの様子を伺うようにやや速度を落として
慎重に言葉を選んで言った。
少し視線を逸らしたアガタは小さくため息をつく。



「…こんなに時間が経っているから俺の事は忘れてくれたと思ったのに」



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