ヨハンとベアトリスは食事を終えると、今日の晩ご飯にと
きのこと木の実をいくつか取って、ベアトリスの鞄いっぱいに詰めた。
きのこはどれも大きくて炒めたりスープに入れたりするととても美味しいので
特にきのこ採りには力を入れていた。
あんまり夢中になっていたのでいつの間にか自分達の影が伸びているのになかなか気がつかず、気がついた頃には空も薄暗くなっていた。

「まずい、日が暮れる。ベアトリスそろそろ帰ろう」

「うん」

足下が暗くなってきたのでヨハンはベアトリスの小さな手を取ると
ベアトリスはいくらか躊躇ったあとそっと大きな手を握り返しす。
手を繋いで森を抜けると町の家々にぽつぽつと明かりがさしており、
どこからともなく夕飯の良い匂いが立ちこめてくる。
どこかの家の母親が子供にご飯だと告げる声がしてきた。

「はやく帰っておかあさんにきのこのスープ作ってもらおうね、ヨハン」

「そうだな」

ベアトリスの家が見えてくるといつもの光景とは少し違ったものが目に入ってきた。
町の雰囲気には似つかわしくないものものしい馬車が一台、小さな入り口を塞ぐように止まっている。
近づいてみれば馬車と馬の鞍には王家の刻印が施されており、その所有者が国の王であることが一目でわかった。

「おうさまの馬車?なんでウチの前に?」

「…」

ベアトリスが手を繋いだままぽそりと呟くとヨハンは無言の握っていた手に力を込めた。
びっくりして見上げるとヨハンが少し険しい顔をしておりベアトリスは見た事のない表情に不安を覚えながら家へと向かった。
いつもの少し重い扉をゆっくり開けるとすぐに両親、その向かい側には知らない男の人が二人座っていた。
家主である父親よりも偉そうに胸を張って腕組みをしている男と、
物腰の柔らかそうな男である。

「おかえり、ベアトリス、……とヨハ……ネス王子…?」

「え?」

「探しておりました、王子」

恐る恐るベアトリスの母親がそう言うと繋いでいたヨハンの手の力が抜けてほどけた。
ベアトリスは、理解できないままに隣に立つヨハンを見上げるが
ヨハンは知らない男二人をただじっと見つめている。
明らかにいつもと様子がおかしく、ただただ大人達の会話を聞き入れるしかなかった。

「何しに来た」

「お迎えにあがりました。王が崩御され、次期国王は貴方しかおりません」

「兄たちがいるだろう。俺はそう言う面倒なものが嫌だから国から逃げたんだ」

「兄上様方は今や権力争いに血眼になり国政が疎かになっておいでです。それに城の者達は口をそろえてあなたを」

「俺は行く気は無い」

ヨハンは、きっぱりと言った。
もともとはっきりした性格だったが今の口ぶりはまるで本当の王子のようだ。
それを見てベアトリスの父親も母親もヨハンが本当に王子なのだと確信してほんの少し寂しそうに肩を落とす。
やや暫く沈黙になって父親がそっと口を開いた。

「ヨハネス王子…いや、ヨハン」

かぶりを振って父親は険しい表情で顔を上げる。
ベアトリスの父親は恰幅もよく、森で狩りをするときの主要メンバーで
町のリーダーの役割をしていた。
だからこそひょっこり現れたどこの子供かもわからないヨハンを自分の家に住まわせた。
町にもしもの事があってもいいように、責任を自分で追えるようにとの配慮だ。
けれどもそんな気苦労などは無駄に終わる事はヨハンの人柄をみればすぐにわかった。
人なつっこく、周りからの評判も良い、剣の腕も立ってなにより、
愛娘のベアトリスのお気に入りだ。

「俺はお前がこの家に来てくれて本当に嬉しいと思っている。勿論お前が王子だからじゃあない。お前は人を見る目も先を見る目もある。それは俺だけじゃあなくまわりのみんなも感じていた。もともと身なりがよかったからどこか名のある貴族の家柄なのだと思っていたが、まさか王家の人間だったとは」

「…騙すつもりはなかった」

「騙されたなんて思っていないわ。でももし私たちのワガママが叶うのなら、
ヨハン、あなたにこの国の事を考えて欲しいと私も思うの。勿論手伝える事があるなら手伝うわ。あなただから言うのよ」

ベアトリスの両親は、心の底からの言葉で、本心からの願いで言った。
ヨハンが王になったからと言って自分たちの利益を求めようとは思わない。
それよりも彼が、こんな小さな町で暮らしていけるような人間ではないのだと
ヨハンが家に居候し始めてから考えていた理由がようやくわかった事の方が嬉しかった。
彼は逃げてきたと言っていたが、根っから指導者の資質を持っている。
ヨハンが、ヨハネスが王になりうる器を持っている証だった。

「…ヨハン?行っちゃうの?」

「ベアトリス」

「ヨハンはね、王様になれるのよ」

「…でも、王様になったら、もう会えないよ」


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