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キリは先ほどのラフな服装とはうって変わって、着飾られたローブを纏っていた。
母親であるフォレガータとは違い軍服ではなくて魔術師のような様相だ。
何人かそう言う服装の人達を見かけたがとりわけ、キリの着ているものは目を引くような美しさがある。
とは言ってもごてごてと飾り付けられた無粋なデザインでもなく必要な個所に必要な分だけ、と言った無駄のないものだった。
カズマの足にしがみついているカントの頭を小突くとキリは、ため息をつきながらすみません、と妹をカズマから離した。
「カントはぐれるなって今言ったばっかりじゃん…」
「にいさま、リンちゃんが姫って言う」
「まあ、姫なんだから間違ってないし」
「やだー!タクトにーさまみたいにカントがいい!」
「おま、タクトだって一大決心しての呼び捨てなんだぞ…」
ぴょんぴょん跳ねるカントの両手を掴んであやし始めるキリにリンが先ほどの言葉の真意をおずおずしながら尋ねた。
「ああ、姫とか言われるの嫌がるんです。様とか。俺もアガタも…じゃなくて、父もそういうのを苦手にしていたら真似しちゃって…」
「そうだったんですか」
「キルッシュトルテニオ王子、そちらは?」
キリは驚いた表情でカズマを見つめた。
普段はキリと短くして呼ばれて慣れているのももちろんだが、何より一度名乗っただけで自分の名前を正確に述べたのがカズマが初めてだったからだ。
カズマが、名前の発音を間違ったのだろうかとやや不安そうにもう一度名を呼ぶとキリは感心してため息を吐く。
「俺の名前、父親ですら噛んだりするんです。よく覚えてましたね」
「普通、だと思うが…」
「いや、うん。キリでいいですよ。どちらにしても長いですから。それでこれが弟のエムシです」
「フォレガータ・ノグ・ホウヴィネンが第二皇子、エムシ・ノグ・ホウヴィネンです。初めまして」
「ちょっとエムシ俺よりしっかりした挨拶されると困る…」
エムシは、カントよりも頭一つ背の高い少年でキリの少し後ろから歩み出ると
腹の底から声を出して答えた。
元気な様子が可愛らしく見えたリンは、困惑するキリとそんな兄を心底尊敬のまなざしで見上げながらにいさまはすごいです、なんて会話をする兄弟に笑みをこぼしながら自分の兄をふと思い出した。
「仲がよろしいんですね」
「はあ、まあ……ってすっげー睨まれてるんですけど」
「カズマ様!」
「お前がほかの男と話したりするからだ」
「キリ皇子に失礼ですよ…!」
「ああ、そういう事なら気にしないでください。俺も気にしない方なんで」
付け加えてキリが魔術師って興味のないことには本当に無頓着なんです、と答えるとリンとカズマは表情を変えた。
女王の息子が魔術師などとは聞かされていなかったこともそうだが、魔術を使える人間が本当にいたのだと思ったからだった。
カントは別として、弟のエムシは母親と同じミニサイズの軍服を身に着けている。
「まさかキリ皇子は…魔法を?」
「はい、珍しいですか?」
「私の国には魔法は存在しない」
「ふーん。そう言うとこもあるんですね」
「にーさま見せてあげたら」
「ダメ。母さんに今日はだめだって言われたろ」
きっぱりとした口調で言うとカントはブウ、と頬をいっぱいに膨らませて拗ねてみせる。
キリはごねてもだめだと首を振ってから弟のエムシと手を繋いでおくように言い聞かせてようやく二人の前に姿を現した理由を述べた。
母親である女王直々に招待した来賓はこの一階の広場ではなくて、二階の王の間へ案内するらしくその案内人にとキリを寄越したのだそうだ。
広場の中を通りぬけて、城へ入ると太陽の明るさが遮られて薄暗くなったがそれでも
外から降り注ぐ日の光は隔てる壁をものともせず城の中へ差し込んでいた。
小さな兄妹二人はカズマとリンが気に入ったのかキリの手から離れて
エムシがカズマと、カズマとリンの間にカントが挟まってきゃっきゃと声を上げて手を繋ぐのでカズマもリンもついつい頬がほころんだ。
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