アガタが出て行って少し経ってから部屋の中がほんのり明るくなる。
部屋の中に小さくて丸い火の玉のようなものが何個か宙を彷徨って、
部屋の中を照らしていた。
火の玉に近づくとほんのり暖かくて見つめていると心が落ち着いた。
ただでさえ両親の事で心が落ち着かなかったフォレガータがこれ以上に不安にならないようにしてくれた事なのだろう。
アガタが精霊に頼んでしてくれたのだと思うと彼の優しさが心に染みた。

(ゆっくり説明する暇もなかったから、残していったのか…)

不意に笑みがこぼれて一つの火の玉を手のひらに乗せると
火の玉はくすぐったそうに震える。
まるで生きているみたいだと暫く見つめていたらドアが振動と共に大きく鳴った。
先ほど町の男達が来た時よりも激しく叩かれたドアは、蝶番がはずれてギイイとゆっくり開き出す。
フォレガータは驚いてベッドの側に立てかけてあった自分の剣を手に取って身構える。
動物が迷い込んだにしては、獣の息づかいがまるで聞こえない。
大きな熊に襲われた事もあるのでそれくらいはわかった。
これは動物ではなく人間のしわざだ。

(ここにいるのが誰かに知られたか…?!)

「なんだ、誰もいないじゃないか」

「魔術師の結界ですよ…上手く張ったものです。私にはそこに、女性が見えます」

「女?!という事はフォレガータか?!さっさとその結界とやらを解け!」

声の数は二つ。
恐らく魔術師とそれ以外の男が一人、家の前で自分を探している。
結界などアガタが張っていた素振りはなかったがもしかしたら出ていく度に
ドアを開けるなと言っていたのはその所為なのかも知れないと思うと
フォレガータはここに来た時からずっとアガタに文字通り匿われていたようだ。
さっさと出て行けと侮蔑の眼差しで見ていた時から、ずっと。

「うあ!?なんだこの山羊は…ッ?!」

「番犬のつもりか…!!」

「ポチ」

出方を伺っていたフォレガータが思わず名前を呟くとポチは二回、
けたたましく鳴き声を上げた。
誰かを呼んでいるような鳴き声が悲鳴に変わってフォレガータはいてもたってもいられず扉の前へ飛び出そうとした。
しかしそこには大きな山羊がドアを背にして立ちはだかっており、
外にいる男達を部屋へ侵入させまいとしている。
よく見ればポチの前足からは血が流れていて今にも倒れ込みそうになるのを必死に耐えているように見えた。

「ポチ!どけ!」

「ああ、貴方がフォレガータ皇女ですか?お美しいですね」

「貴様、何者だ!」

「わたしはしがない下町の魔術師です」

「なんだ、そこに皇女がいるのか?!殺せ!魔術師!」

家の中にいる限り恐らく普通の人間には姿は見えないようだ。
魔術師は確実にフォレガータの姿を捉えているが隣に立つ貴族のなりをした男には見えていない。

「ポチ、どけろ!怪我をしている!お前に何かあったら私はアガタに合わせる顔が無い!」

ポチはフォレガータがどんなに押してみても、どけろと声をかけてもその場で足踏みをするだけで動こうとはしなかった。
その度に足キズからは血が飛び出し真っ白な体を赤く染めていくが彼女なりにフォレガータを守ろうとしていた。


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