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それからのフォレガータは、よく食べるのとよく寝るのを数回繰り返した。
いくらか体力が戻ってくると動かないままでは体が訛ると家の中の掃除を手伝いはじめたが、まだ外に出るのは危険だったので行動範囲は現状のままだ。
それでも体を動かせるのが嬉しくてついつい張り切って掃除をし、張り切りすぎて食器棚にあった薬の瓶を数個落として壊した。
アガタが肩を落とした後、嫌味を約一時間ずっと言っていたのには参った。
「そう言えば昨日山羊と仲良くなったぞ」
「…あんた何してんの」
「ちゃんと中から小屋に入ったんだ。それに呼ばれた気がした」
「そりゃあ、ポチが呼んだからね」
「そうなのか!私が山羊についていって外に出そうになったら中に押し込めてくれたし、頭が良いんだな」
「ポチは山の主だから、頭が良いなんて言い方したら怒るよ」
「そうか、失礼がないようにしないといけないな」
隣の小屋にいる山羊とも仲良くなったし、アガタも以前よりは物腰が柔らかくなった気がする。
初めて会った時のように冷たい目をすることはなくなって会話も弾むまではいかないが
他愛のない話にもほんの少しだが笑顔を浮かべてくれるようになった。
それでもアガタの家を尋ねる町の人たちはアガタを相変わらず恐れたり、蔑んだような目で見続けている。
アガタが自分たちのように喜怒哀楽を平等に示して、優しさを向けてくれる人物だとなんとかして伝えたかったがそれは今ではないと考えた。
(わたしがそれをしたとしてもアガタはおそらく喜ばない)
アガタもまた町の人たちと同じように彼らを敵意を向けるものとしか見ていないからだ。
これではいつまで経っても溝ができたままである。
じい、と桃色の髪をもつ少年を見つめていたらアガタが不意に天井を見上げた。
時々そう言う風に天井を見上げたり床をやテーブルをじいと見つめることがあるが
それが精霊と会話をしているのだとわかったのはしばらくしてからだ。
「フォレガータ、あんたの母さんがまずい」
「…どういう意味だ」
「刺された」
「なんだと…?!」
「さっきから干渉されて精霊がうまく移動できないから詳しくはわからないけど、
誰か、兵士みたいなやつに、ああもう、誰だ干渉してんの…!」
苛立ったように声を荒げてアガタがテーブルを叩く。
振動でお茶の入っていたカップが揺れて小さく波打った。
城の結界が邪魔をしてうまく様子を伺えないかもしれないと言っていたのに
こうしてちゃんと調べてくれているアガタがくれた情報は朗報ではなかった。
母が刺されただなんて、父はどうしているのだろうか。
城の中は?生きているのだろうか。
フォレガータには両親しかおらず、叔父や叔母とは仲が悪い。
外にも敵はいるが、内にもまた、敵はいるのだ。
「…戻る?」
「…しかし、まだ母上から戻って来いと言われていない。確かに母の安否は気になるがわたしは、わたしの身を守らねばならない義務がある。わたしの身は私だけのものではないのだ」
「馬鹿じゃないの。フォレガータの体はフォレガータのもので、それを誰かのために使うのはフォレガータの意思でしょう。名目はそうかもしれないけど、その根本的な理由だってあんたが国を守りたいと思ってるからだろ」
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