昔を思い出しながらうとうとしていると不意にドアをノックする音が聞こえた。
フォレガータは体を緊張させて目だけを開き、ドアの前の人の気配を伺う。
声がしないので男か女か、幼いのか老いているのかも計れない。
アガタにも誰かが来てもドアを開けるなと言われているし、何よりドアをノックしているのが先日自分を襲った『不逞の輩』であれば尚更問題だ。

「おい、弟子。いるんだろ」

「おい、いないのか?…くそ…わざわざ来たって言うのに…」

くぐもった声の主は男のようで恐らく中年くらいのアガタを尋ねてきた者らしい。
男は少しぶしつけな言い方でドアを何度も叩いたが返事がなく、家が留守だとわかると
ドアの辺りでうろうろしているのがわかった。

(何か用事があるのか…用件を聞いておいた方が…?)

す、と上体を起こした時だった。
ついさっき出て行ったばかりのアガタの声が聞こえてきたのだ。
アガタは男と2,3言葉を交わすと男をドアの前で待たせ、家の中に入ってきた。
フォレガータは、現れたアガタに声をかけようと口を開いたが
アガタが手を挙げてそれを静止する。
少しの警戒心がアガタの周りを包んでいるのに気がついてフォレガータは、
すぐに唇を固く結んだ。

「ええと、奥さんの頭痛薬?」

「そうだ、早くしろ…!」

「うっさいな。俺だって早くしたいんだよ」

売り言葉に買い言葉のような会話をしながらアガタは食器棚からフォレガータに
差し出したような小瓶を手にする。
その中には水色の透き通った液体が入っていて揺らすとゆっくりと波を作った。

「おい、弟子。」

「何。入って来るなよ」

「誰が入るか!気味の悪い闇の魔術師なんぞの家に…!その…なんだ…ほら、お、お代は…」

「いらないからさっさと帰って。貰うものならさっきもらった」

「そ、そうか、じゃあなっ」

このやりとりは一体何なのだろう。
男の気配が遠のいてから暫くして自分の肩が震えているのに気がついた。
静かにドアを閉めて、部屋の中に入りテーブルへ買い物をしてきた荷物を置いたアガタへフォレガータはなるべく落ち着いた口調で尋ねる事にした。

「おい、今のはどういう意味だ」

「何が?」

「今渡したのは薬か?」

「ああ、うん。奥さんが偏頭痛持ちらしくて。薬を作って渡してる」

「代金は取らないのか」

「闇の魔術師の弟子なんかに怪しいものを渡されて払う金は無いらしいよ」

「だが今のは今日が初めてじゃないだろう?」

「薬が効いてるんじゃない」

「なんで代金を取らないんだ」

「だから、『闇の魔術師』なんてレッテルを貼った王族がそれを言うの?今の状況が結果だよ」

2度目に聞いた言葉は震えていたかもしれないがそれには触れずにアガタはフォレガータを心の底から嘲るように笑った。
翁だけではなく、彼もまた周りの人間に心ない言葉を浴びせられたりしたのだろうか。
王家の権力争いの中では似たような事もあるがこの状況はそれとはまた別の問題だった。
ただでさえ翁は被害者であるのに更に周りからは、蔑まれたような目で見られているだなんて思いもよらなかった。
フォレガータは城を出てどこかで翁が生きていればきっと幸せになれるはずだと心のなかで楽観的に考えていたのかも知れない。

「アガタ、」

「あんた、ドア開けようとしただろ」

「え?」

「馬鹿な女だな。俺たちは隔たれはするけど、情報を集める能力なら普通の人間よりも数倍も上なんだよ。精霊がいるからだいたいの事は彼らから話を聞ける。あんたの事も城で今何が起こってるのかも」

火を起こすのも、水を汲むのも、洗濯をするのも掃除をするのも全て自分の手でこなす
アガタを見ていると精霊を使って日常生活を過ごす城の魔術師達とは違うもののような気がしていたが、そうではなかった。
はた、と彼もまた魔術師であるのを思い出して言葉の意味を理解したフォレガータは
ベッドから勢いよく降りてアガタに近寄った。

「それは…!?」

「ただ、大体の事だから。王城って普通結界張ってあるんでしょ?それ突き破らないと中の事わかんないだろうし。失敗したらバレてここに殴り込みにくるかもしれないし。やったこと無いからわからないけど」

「やってくれ!私は情報が欲しい!」

アガタの腕を掴んで急かすとアガタは持っていたパスタの箱をテーブルに落とした。
香辛料の瓶でなくてよかったと心の底から安堵すると呆れ顔で真っ直ぐ見つめるまだ顔色の青い少女を見下ろす。

「欲しいならさっさと体力回復してくんない?それまでには準備しておくから」

「お前は、私たちの事を恨んでいるような口ぶりで言うが力を貸してくれるのだな」

「さっさと出て行って欲しいだけなんだけど」

「違うな。お前は元々優しいんだ。私は嬉しい」

「…気持ち悪い」








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