「おかわりだ」

「よっ、く…食うね…」

パスタ大盛りをこれで3杯目だ。
大盛りの時点でアガタの昼夜の食事量だと言うのにフォレガータは
口いっぱいにパスタを詰め込んで一生懸命に食べている。
けが人とは思えない食欲、そして王族とは思えない豪快さで皿の上のパスタは
その細い体のどこにあるのか知れない胃袋へと収まっていった。

「料理が上手いな」

「そりゃどーも」

「わたしは大食いでな、事が済んだら食費は届けさせるぞ」

「別にいいよ」

そっけなく答えてアガタは、カラになったとみると大皿をさっさと片づける。
間もなく暖かい湯気の立っているお茶が目の前に現れて、
続けてカップの側に小さな瓶が置かれるとフォレガータは首を傾げて
小さな瓶を覗き込んだ。
瓶の中にはビー玉みたいなピンク色の小さい玉が入っている。

「血が足りて無いんでしょう。飲めば」

「なんだこれは?」

「血が沢山体の中で精製される薬」

「…そんなものは聞いた事がないぞ」

「かもね。翁が自分で作ったものだし。あ、それは俺が作ったけど」

かちゃかちゃと食器を洗うと共にアガタの声が耳を通り抜けて
フォレガータは少し不思議な気持ちになった。
王城よりもうんと狭いし、豪華な装飾などもないし、家の造りは質素なのに
どこか落ち着いて安心できる。
カップがおいてあるテーブルや壁に備え付けてある食器棚が木製だからなのだろうか。
それとも城の外の魔術師の家はどれもこんなにも不思議な気持ちにさせる場所なのだろうか。

「昨日はすまなかったな」

「何が?って言うか早く飲んでくれない?片づかない」

「言い過ぎた」

「別に。王族ってそんなもんだろ」

小ピンのフタを開けて小玉を一つ手のひらへ落としてみると
瓶に入っていた時よりもキラキラと光っている気がした。
綺麗だなと思いながら口へ放り込んでお茶で流し込むと胃の中へ暖かいものが流れていく。
まだ小瓶に小玉が残っているがこれを今飲み込んだのかと思うと少しまた不思議な気分になった。
昨日言い過ぎた言葉を思い出して悔やんでいるはずなのにどこかで落ち着いている自分がいる。

「ちょっと俺町に買い物に行ってくるから」

「そうか」

「家に誰か来ても絶対にドアは開けるなよ」

「わかった」

ぱたりと閉じられた扉を見つめてフォレガータは、またベッドへと移動した。
城のベッドと比べれば踏み台にもならない質素なベッドだが、野宿を経験している
フォレガータにとってはこれ以上にない高価な代物に見えた。
ベッドは膝を乗せるだけでギシギシと音を立てて軋むのでついつい音を立てないようにと横になる動作もゆっくりになる。
シーツを引き寄せると森にいるような自然の匂いがする。

(ずっとここに一人で住んでいるんだろうか)

翁が城を離れてから30年が経つ。
表向きは彼が闇の魔術に手を染めて城を追放されたと言われているが
実際は、城の魔術師達が翁の才能に嫉妬して彼を追い出したのだった。
比較的整った顔つきの魔術師で人望も厚かった翁は、翁をよく思っていなかった同僚の魔術師との魔術の練習の最中、
同僚が失敗した魔術が跳ね返りその顔を焼かれた。
同僚はまさか魔術を失敗したなどとも言えずその騒ぎを聞きつけた大臣達へ報告したが、
その文章には、『翁が闇の魔術に手を染めてその反動から彼は自分の顔を焼いた』と記載していたのだった。
闇の魔術は特に王城では禁忌だった。
それを使用する魔術師が城にいてはと他の魔術師達も真実をしりつつ大臣達をまくしたててついには翁は城を追い出された。

(覚えている。わたしは、彼がただの被害者だという事を)

幼かったフォレガータは探険と称しては城の中をこっそり走り回っており、
その時たまたま現場を目撃していて、勿論真実ありのままを大臣達に伝えたが彼らは取り合ってくれなかった。
いくら皇女とは言えまだまだ子供だったのが災いしたのだ。
このときほどフォレガータは自分が子供である事が悔しいと思った事はなかった。

その後にどこかの森へ弟子を一人迎えた翁がひっそりと暮らしていると言う話を
風の噂に聞いて生きていてくれただけでも嬉しいと思ったものだ。
年を重ね、大人になった今その時の話を持ち出してもやはりそのときは幼かったのだと軽くあしらわれてしまう。
真実を知っているのは恐らくここに住んでいる弟子のアガタと、フォレガータの二人だけだろう。 


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