白は力の抜けた、気の抜けた体と表情でぼーっと男の背中を見つめていた。
男はなにやら怒っているらしく終焉の王の執事をさきほどから睨みつけながら
怒気をはらんだ声色で静かに責めたてている。

「あなたのお怒りはごもっともですが私は終焉の王から言付かった命を全うしたまでです」

「儂の王の所在は儂が決める事」

男は羽毛に覆われた鳥と同じ声で執事に吐き捨てた。

「終焉の王に逆らうおつもりで?黙視殿」

執事の飄々とした声が一段と低くなる。
黙視と呼ばれた男に警戒心を抱いた証拠だ。

「逆らっても良いのか」

「それは困ります。ですが、まあ…忘却の王がここへ来るのは時間の問題でしたから、
よろしいじゃありませんか」

執事はそう言ってちらりと白の方へ視線を向けた。
目と目が合った白は執事を睨みつける。

「手荒な真似をいたしまして大変失礼しました、忘却の。ご気分はいかがです?」

「最悪だ。ほかの人たちはどうした」

思わず膝にかかっていたタオルを握りしめる。

「あれ以上の危害は加えておりません。ご安心を」

執事はにっこりと笑顔を浮かべた。

「私はこれからどうなる」

「まあ、端的に言えば、死にますね」

ふうむ、と手を顎に当てて言った執事を、横にいた男が殴り飛ばす。
執事は勢いで部屋に置かれていた椅子に倒れ込み、いてて、と呟きながらも上体を起こす。
男は息を粗くして執事を睨みつけていた。
まだ殴り足りない様子で臨戦態勢をとっている。

「何をなさるんですか」

執事はとぼけた声で不満を漏らすが、盛大に殴られたというのに
堪えてはいないようだった。

「ふざけるな、執事」

「ふざけてなど。黙視殿もご存じでしょうに。それとも愛しい忘却の王を
逃がすとでも?どこへ?私の王はどこに逃げていても忘却の王の居場所など
突き止めます。わかるのですよ」

不意に、白は理解した。
その途端に涙が流れる。
忘却の昼下がりを引き起こし、目の前で大切な人を消し去った。
とても大切な人だったのに、明日、昼食を万緑と三人でとろうと
約束したその刹那の事だった。
本当は、二人きりで話をしたいのだと思った瞬間の出来事。
消えるなら、直玄ではなく、万緑だったらよかったのにと思ってしまった
自分の醜さに飽きれ、嫌悪してしまう。
そして忘却の昼下がりは一度きり。
それ以降は自分の役目ではないのだと今はっきりと理解した。
ちりちりと空気が揺れる。
それに気が付いた黙視と執事は白へ向き直る。

「白!だめだ!」

「これはこれはお早いお出ましで!」

慌てて止めようとする黙視と、歓喜に打ち震える執事。
どうして男は自分を止めようとしているのか白は理解できない。
これが『正しい事』なのに、黙視は白の肩を掴んで乱暴に揺さぶった。

「だめだ、白!やめろ!『悲観』するな!」

「いけません黙視殿。邪魔をしては!ようこそいらっしゃいました!」

「白!」

少女の目にはもはや自分をとどめようとしている男は映っていなかった。
白の体はちりちりと音を立てて少しずつ淡い光を放つ。
何かを約束した人がいた気がするし、誰かと一緒に仕事をしていた気もする。
よくわからない理由で責め立てられていたし、放置されていたような気も。
それはなんだったろうか。
ぽろぽろと記憶という記憶が抜け落ちていく。
ただ白には寂しいとか悲しいとか言う感情しかすでに残っていなかった。

「白、だめだ、やめろ…」

この人は誰だろう。
誰かに似ている。
大切な人だった気がする。
ああ、悲しい。


悲しい。


「白!」

最後に強く呼ばれた瞬間、そこには少女ではなく、
目を閉じた少年が座っていた。
まるで入れ替わったように現れた少年はゆっくりと目を開く。
視線だけで辺りを見渡した少年は眉をひそめて呟いた。

「ここは」

「初めまして、悲観の王。私は終焉の王に仕える執事でございます」

黙視は力なくその場にうなだれる。
執事が黙視を押しのけるように丁寧にあいさつをした。
悲観の王と呼ばれた少年はそう、とだけ呟いて自分の両手を見つめる。

「さあ、悲観の王。務めを果たしに参りましょう」

差し出された手へ少年はのろのろと腕を伸ばす。
まるでそれが必要かのように人形のような少年は執事へ従ってベッドを降りた。

「黙視殿。あなたの役目は終わりましたね。おかわいそうに。
忘却の王は『恋人のあなたを忘れて』しまったようです」


忘却の昼下がり、人類の約半分が忽然と消えてしまった。
生活していたにおいだけを残して、黄色い光と共に。
その反動か、世界各地で動物の異常発生を確認していた。
どこからか現れた動物たちは野生であるにもかかわらず、人間に寄り添ってきたり、
つきまとったりと言う事例が継府に報告されている。
黙視はフクロウだ。
不思議な事に人にも、フクロウにもなれる、不思議な生き物だった。
目が覚めた時には突然視野が広がり体も小さくなったことに驚いたが、
やるべきことだけはわかっていた。
白の元へ。
急いで白の元へ赴かねばならない。
それは大切な人で自分の王だ。
仕えなければならないし傍にいなければならない。

大好きな白だ。

「黙視殿?おや?」


フクロウは執事に顔を覗かれたが、ただ、 ホウ とだけ鳴いた。





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