翁が亡くなって2年が過ぎた頃、家の同居山羊であるポチの頭には
すっかり立派な角が生えていた。
ポチは少しずつ上達していくアガタの乳の絞り方が気にいってきたのか、
以前よりも嫌がる素振りを見せる事が少なくなった。
午前中に家の中の仕事を終わらせると、昼食をとってから
翁が残した魔導書を読みふける。
テーブルに暖かいティーポットとカップを置いてその横には何か軽くつまむ物を添える。
そんな日がずっと続くのだと思っていた。
それ以外の日常は全て遮断してしまってよその人間も何もかもから隔たれてしまいたいとアガタは思っていた。

「…ポチ?」

本に集中していたらポチがしきりに鳴き始めたのでアガタは顔を上げてポチの名を呼ぶ。
部屋の中から山羊小屋へ行けるが、一旦家を出た方が小屋へ行く方が断然早い。
本を閉じて古い木の扉を開けるとそこにはなんと女の子が倒れていた。

「……なにコレ」

思わずそう呟いたが女の子はどうやら気絶しているらしく身じろぎ一つしない。
服装も町の娘にしてはボーイッシュでどちらかと言えば城の軍服に近かった。
腰には装飾の豪華な細い剣を下げており、恐らく身分のある貴族の娘だろうが
どうしてこんな所に倒れているのかさっぱり理解できなかった。
アガタの家は山の通り道の近くにあり、旅の行商人やよその国から来る兵士が時々通りそれ以外には野党が訪れるような森だった。
そんな場所へ一人で倒れているなど襲ってくれと言っているようなものだ。
暫くどうしていいかわからずに考えていたがやがて溜息をついてアガタは、女の子へと近づいた。

(…町の人に引き取りに来てもらうか)

女の子をベッドへ寝かせてから腕組みをしてそれを見下ろしてアガタは先ほどの考えを少し改めた。
うつぶせに倒れていた女の子を仰向けに寝かせたのだが、その胸元にある紋章が
王族のものだったのだ。
王族の人間が、共の者を連れずたった一人でこんなところで倒れているなんて考えられない。
アガタが人差し指を宙でくるりと廻すとヒュッと指の周りを風が渦巻き状にまとわりつく。
そして肩の当たりに現れた風の精霊へ話しかけた。

「この子どこの子?」

『ノグ国の時期女王みたいだよ。どうやらどこかの兵士に襲われみたいだね。一緒にいた護衛の兵士は……言う?』

「いいよ。目的地とか何か話はしてた?」

「…わたしを、かくまえ」

『目を覚ましたね。名前は知りたい?』

「聞くからいいよ。ありがとう」

風の精霊はくすくすと笑ってアガタの頬をそっと撫でると消えていってしまった。
目を覚ました女の子は、独り言を言っている少年に怪訝な表情を向けたが、すぐに彼が魔術師なのだとわかった。

「…翁の弟子か?」

「匿えってどういう意味?」

「私が質問をしている」

「俺が聞いているのはあんたの言っている意味だよ」

高圧的な言い方をされた女の子はやや驚いた表情でアガタを見上げたが重たい自分の上体をようやく起こすと暫く答えるのを躊躇っていた。
そんな言い方をされた事は勿論無いし、なにより彼が翁の弟子と認めない限り『何者』なのかわからないからだ。
襲ってきたどこぞの兵士の仲間かも知れないと思うと警戒する必要性は十分にあった。

「ここには誰も来ない。どうして匿えなんて言う?」

「…お前が、翁の弟子だと言うのなら答えよう」

「じゃあ答えろ」





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