「白、もう戻れよ。もう…」

「もう少し、眺めてるから万緑は戻ってていいよ。寒いでしょ」

白は一面に広がる雪原を眺めながら振り返らずに答えた。
真っ青で雲一つない空と、時々ぽつりぽつりと地面から伸びている木々と、
それらを太陽の光に反射した雪が照らしている。
万緑はそんな光景にただ一人立ち尽くしている少女の背中を見つめて唇をかみしめた。
雪原の間にできた道は人々の往来と太陽の熱でほんの少し雪が解けかけている。
今は白と万緑以外にひと気は無く、風の音がする以外はしんと静まり返っていた。

踵を返した万緑はぎゅむぎゅむと鳴る雪を踏みしめながら小屋へ戻る。
小屋とは言っても、十数人ほどの人が休むことのできるスペースと、
二階には宿泊できる部屋が5〜6部屋ほどあった。
小屋の扉をあけるとカウンターには小屋の管理人である男と、
客である男女が等間隔に設置されたイスとテーブルに着いてそれぞれくつろいでいる。

「追い返されたの?万緑」

「見込みがないんだって、諦めなよ」

「うるさい」

くすくすと含み笑いをしながら万緑を励ました男女を一睨みして、
カウンター席に座ると万緑は管理人の男に温かいお茶を頼んだ。
男も、万緑を憐れむように微笑を浮かべていたが、何も言わずに
もくもくとお茶の用意を始めた。
ややしばらくして、小屋のドアが開いて白が入ってきたが
白は無言のまま一番ひと気から離れた隅っこのテーブルに着いて、置いてあった
メニュー表をゆるゆると眺めだした。

「白は何か飲むか?」

「ココア」

管理人の男が声をかけると白は短く答える。
男は万緑が頼んだお茶をカウンターの席へ乗せると手早くココアの準備も始めた。
そのそっけない態度に万緑を励ましていた男女が眉間にしわを寄せて
気に入らなそうにため息を吐く。

「ちょっと、万緑もそうだけど里青も心配してんだからもう少し言い方があるんじゃないの?」

「…言い方って?」

「その態度悪いのなんとかしろって言ってんのよ」

「朱月やめろよ」

「万緑がそう言って甘やかすからつけあがるのよ、この女。継府のお墨付きだかなんだか
知らないけどね?いい気になってんじゃないわよ」

朱月と呼ばれた女は万緑に制止されたが何か枷が外れてしまったのか
どんどん怒りを露わにしていく。
怒りの対象である白はココアを持ってきてくれた里青に小さく礼をのべたが
朱月の苛立ちを気にしていないのかふうふうと湯気の立つココアに息を吹きかけて
適温にするのに集中していた。

「聞いてんの!?」

「聞いてるけど、いい気になってないし、私が嫌いなら無視してくれればいいのに。
嫌いだって言われたから避けてるのにそっちからつっかかられると
避けようがないんだけど、何がしたいの?」

「はぁ!?なにあんた!」

「まー朱月!落ち着けって、ほっとけよそんな女」

いよいよ立ち上がって爆発しかけた朱月を一緒になって万緑を慰めていた男の紅志が半ば押さえつけるようにして宥める。
朱月は鼻息荒いままどかりとまた椅子に座り直すとぶつぶつと何か文句を言いながら
自分のお茶を飲み始めた。
険悪なムードをひとまずは回避できたと周りの人達は安堵して胸を撫で下ろしたが
今までずっと何に対しても無関心だった白が、急に目つきを鋭くすると小屋の扉を睨みつけて身構え始める。
何かを警戒している様子に万緑も不穏な気配を察知したが他の人たちは
素知らぬ顔でまた日常を過ごしている。
ゆっくり椅子から立ち上がり、腰に下げている剣に手を掛ける白は
間合いを見計らっているようだった。
明らかに様子がおかしいと万緑が声をかけようとした時、
突然小屋の扉が勢いよく開いて、男が一人立っていた。

「コンニチハ!ご機嫌は麗しいですか?本日は忘却の王をお迎えに上がりました!」

男が言い終わるとしんと辺りが静まり返る。
突然、おかしなやつが現れたと誰もがすぐに反応できずにいたのだ。
やや間があってから、静寂を打ち破ったのは現れたおかしな男の方である。

「あー!忘却の王!探しましたよ!継府が隠すものだから苦労しました!さ!
終焉の王がお待ちです。行きましょう!」

つかつかとまっすぐに白の方へ歩み寄っていく男に白が
無言のまま斬りかかる。
男は自分の腰に巻いていた細身の革ベルトを素早く引き抜くと
ベルトをぴんと張って強度を作り、あっさりと白の剣を受け止めた。

「おやどうしました?剣など向けて」

「お前はなんだ」

「私は終焉の王の執事です。終焉の王の命令で貴女を迎えに上がりました」

「終焉の王?」

「貴女なら、私の言っている意味がお分かりでしょう、忘却の王よ」

男はそれまでの明るい声色が嘘のようにひっそりとそしてゆっくり呟くように答える。
白は男を睨みつけたままだったが全身に鳥肌が立って寒さで震えてしまいそうだった。
本能的にこの男が言っていることはすべて事実で、男の言っている意味も
どうしてか、理解ができてしまった。
どこかで見かけた事も会ったこともない男だったが彼が『終焉の王』の使いであるのは
まぎれもない事実だった。
そしてそれをどうしてそうだと感じるのかが白には全くわからなかった。

「なんだよ、お前さっきからわけのわかんない事ばっかり…!」

紅志が痺れを切らしたと言わんばかりにようやく口を開き、
執事に近づいていく。
未だに近づくことすら躊躇っていた白は慌てて紅志を制止させようと叫ぶ。

「馬鹿…!近づくな!」

男の黒目だけが横から近づいてくる紅志にゆっくりと向けられる。
口元には笑みが浮かべられていたが男の目は全く笑っていなかった。
ぐず、と鈍い音がしてじわじわと鉄の匂いが立ち込めてくる。
腹部に自分の腕ほどの太さがある黒い影が突き刺さっているのを
紅志は恐ろしくゆっくりとした動きで確かめていた。
震える手で影に触れると、影はジュッと消えてなくなる。
残ったのは紅志の腹に開けられた大きな穴だけだった。
崩れるように床に倒れた紅志へ悲鳴をあげながら朱月が駆け寄る。
耳の奥を朱月の悲鳴が支配していて白は男が近づいているのに気が付くのが遅れてしまった。

「王よ、3つの王が揃えば、我が王は王となりえるのです。来て頂けますね?」

王の執事の声は白には届かず、白は何かの暗示にかかったのように、
足元から崩れて倒れて気絶した。









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