「おかしなのがいる」

「ああ、さっきサゼロが東側の方にいるって知らせに来た」

「私が見たのは中央だ。なんだろう」

「わからん。警戒しておけよ」

「わかった」

不穏な空気がエイベルがいる宿舎の中に漂っていた。
エイベルは領主を護衛する一族の族長として一日の殆どをその宿舎で過ごしている。
普段は平和一色で穏やかな空気しか流れない宿舎はぴりぴりとしていた。
アスターはエイベルにそう言われるとすぐに自分の剣と弓矢の手入れを始める。
常日頃から手入れは怠らないが、今は入念に行うべきだと判断したからだ。
その証拠にエイベルの表情が硬かった。
アスターが中央付近で見たのは甲冑を身につけた騎士であった。
サゼロが見たのも同じようなものだったらしく、騎士達は領地をぐるりと
包囲するようにして進んできているそうだ。
この領地には時々騎士や貴族が王都からやってくることがあるが、そんな時は大抵、
前もって連絡がくるか、突然の訪問でも今みたいにまるで領地を取り囲んで
こそこそとこちらの出方を伺ったりはしない。
で、あるならば或いは王都の騎士ではなく、別なものかもしれないと踏んだのはエイベルだ。
だが長年さまざまな戦場を駆けた彼の勘はそれだけに収まらず、憶測からでは無く
本当に王都からの攻撃準備かも知れないと溜息を漏らさずにはいられなかった。

「エイベル!弓矢だ!打ってきた!」

「住民達は避難させてあるな!?」

「それはもう完了した!」

「ならアスターを連れて行け、先遣を切らせろ」

「もう出てる!」

四方から弓矢が飛んでくる。
アスターは地面すれすれに伏せてそれをかわし、弓矢が飛んでくる草むらの方へ突進していく。
見たところ弓矢は矢継ぎ早に飛んでこないので、おそらく一列隊でぐるりと辺りを
囲んで弓矢を放っているのだろう。
次ぎの矢を構えているのか何拍かあく、『時間』がそれを物語っていた。
アスターはその隙をついて次々と目の前で弓矢を構えている騎士達に斬りかかる。
時々は弓矢を構えて威嚇のつもりで足元、腕、頬のあたりへ打ち込んでいく。
手早い攻撃にひるんだ騎士達は悲鳴を上げたり、慌てたように剣を腰から引き抜くが
どうにも素人のようでその切っ先が定まらない。
アスターはこれでは子供の遊びだと溜息を吐いて順番に彼らを気絶させていった。
そしてその内の一人の襟首を掴みずるずると引きずって歩いていくと、
領地内へ入ればそこは戦場で辺りから猛々しい声が上がっていた。
アスターは気絶している騎士を適当な場所へ運び、一際戦闘が激しい場所へ急いだ。


そこには馬に乗った騎士の男がエイベルと交戦中であった。
エイベルは苦痛に表情を歪ませ、肩で必死に息をしている。
馬に乗った騎士は他の騎士と違って少し豪華な作りの甲冑を身に纏っており、
エイベルよりもずっと若かった。
アスターよりは年上のようだがまさに働き盛りの好青年のようである。
だがそこには貫禄があり、周りの騎士達も隊長格の男の言葉に付き従っていた。
アスターは地面を蹴って隊長格の男へ斬りかかる。
男は馬をいななかせて、その大きな体を2本の後ろ足だけで立たせるとアスターの
3倍ほどの『壁』となって立ちはだかった。
そのまま踏みつぶそうと思ったようだが身の軽いアスターはそれをかわし、
近くの木箱を足場にして勢いをつけたまま男へ蹴りかかった。
男は予想していなかった攻撃に態勢を崩して馬からずるりと地面に落ちる。
手綱から御する力が抜けるや否や馬は驚いて森の中へ走り去って行く。
だが男もやはりやり手なようで落下と同時にアスターへ足払いをしてきた。
アスターはすんでの所で一歩身を引きそれを免れたが、男は剣を構えてアスターに
上から斬りかかる。
アスターはそれを呆然と見上げる形になったが思わぬ隙を作ってくれた相手に
感謝してにっこりと笑った。

「バカか、お前は」

まさに剣が振り下ろされる場所よりももっと相手の懐へ飛び込んだアスターは剣を
ひっくり返し、柄を押し上げて男の顎へたたき込んだ。
下からの衝撃に男はうなり声を上げてそのたった一撃だけでそのまま背中から
地面へ倒れ込んだ。
周りにいた部下と思われる騎士達が隊長である男の名前を呼ぶ。
だが男からは何の返事も帰っては来ず、気を失った隊のトップの身を守ろうと数人が
男を隠すようにして駆け寄ってきた。
随分と信頼厚い隊のようだがアスターはその内の騎士の一人に剣の先を向ける。
鼻先と1ミリほどしか隙間の無い状況にもその騎士は怯えた様子も見せなかった。

「殺すなら殺せ!」

「あほ。まずはお前らの兵を引け。人の土地でぎゃあぎゃあと騒ぎを起こしておいて
お前らの汚い血で土地を汚せるか」

「なんだと…!」

「そうなればまず最初に流れるのは後ろで伸びている男の血だな。どうする」

アスターの淡々とした声に騎士達は互いに視線を送り合っている。
やがてその内の一人が兵を引く合図を上げるとアスターはようやく向けていた剣を
静かに降ろしたのだった。

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