山の下の町に降りれば当たり前のように両親がいる子供達。
不慮の事故で片親を無くした子供も中にはいたが彼らは血の繋がったれっきとした親がいる。
けれど、キリにはそれがなかった。
山の道に捨てられていたのをアガタに拾われ、父の顔も、母の顔もわからない。
兄弟はいたのか、自分の名前すらわからずヤギのようにめえめえ泣いていたのを
人間嫌いだったはずのアガタが拾ってくれた。
自分も親のぬくもりなどしらない癖に邪険にしたことは一度だってなかった。
血が繋がらないのは親子で無いのだから当たり前だと物心ついた時に
静かに言われた。
キリは不思議とそれがきちんと理解できた。
だからこそアガタが唯一の親だと思っていたし、万が一本当の両親が現れたとしても
キリにはその人達は他人でしかないと思っていた。

「ああ、でも声は少し、スピカ殿に似ているわね」

女性の声で一気に現実に戻されたキリは思わず視線を床に落とした。
同じ顔が目の前にあるのも不思議な気分だがなんとなく見られたくないと思ったからだ。
王の母と呼ばれた女性が話が長くなるからとキリとタクトの為に椅子を用意させ、
テーブルを引っ張り出し、お茶の用意までぬかりなく準備させていた。
なんだかフォレガータのようだと思ったが母と言うのものはみんなこんなもののようだ。

「さて、何から話そうか。聞きたいことはあるか?」

ユルドニオ王が静かに呟く。

「お願いがあってきました」

「…自分の事じゃなく、魔女の事か」

「はい。友人からユルドニオ王は四大魔術師に次ぐ魔力を持ってると聞きました。
俺は父であるアガタを助けたいんです。でも俺だけではコーツァナに行くまでに
嗅ぎつけられてしまうから、手助けを、してほしいんです」

「何故?」

「!」

ユルドニオ王の言葉にキリは言葉を詰まらせた。
確かに、ユルドニオにはなんの関係もない。
同盟国でもなければ交流が盛んに行われているわけでもない。
ただノグとは世界三大国の一国であると名を連ねているだけなのだ。
そんな国になんの義理があって手を貸さなければいけないのか、とユルドニオ王の
言葉にはそれらすべてが詰まっていた。

「ただし、条件を飲むのならば考えてやろう」

「………条件?」

「お前が、この国に帰ってくる事が条件だ」

「仰っている意味がわかりません」

本当に意味が分からなかった。
そもそも『帰ってくる』と言うのがおかしい。
キリが買えるべき場所はここではなくてノグだ。

「私は近いうちに死ぬ。だから、王が必要だ。他ならぬ私の弟にならばその権利がある」

「俺が弟だってどうして言い切れるんですか」

「だからお前について何から話そうかと初めに聞いた。お前は魔女の事を最初に切り出したが」

ウッと呻き声が咄嗟に出た。
ユルドニオ王は溜息を一つ吐いた。

「…聞くか?」

「はい…」

「…まずお前は私の父とスピカ殿の間にできた子供だ。私の異母兄弟になるな。
スピカ殿はスピカ殿の父がお前を利用してユルドニオの実権を握ろうとしているのを知り、
お前を抱えて城を飛び出した。これはこちらの落ち度だがスピカ殿がいつお前を
産み落としたのかまったく知らなかった。スピカ殿の父…お前には祖父に当たるその人が
お前の存在を隠していたからだ」

「どうして?」

「俺を殺してからお前を玉座に据えようとする為に『隠し玉』にしておきたかったらしい。
それから俺がお前を暗殺者から遠ざけるためにうんぬんとか…」

「えっ!」

「安心しろ。俺はむしろお前と一緒に遊びたかった。
母上からスピカ殿がいつか妹か弟を授けてくれると聞いていたからな。
名前も考えてた。まあそれも叶わなかったが。
とにかくスピカ殿は俺達に迷惑を掛けられないと一人で城を出て、お前をノグに捨てた。
これはお前が捨てられてからかなり経ってからわかったことだった。
東の魔術師が教えてくれなかったらずっとわからないままだった」

「やっぱりアガタは知ってたんですね」

「東の魔術師は相当頭が良い。魔術を一切使わずにお前の出自を探り当てた。
元々魔術師の中でも変わり者のようだが…。そのおかげで俺達はお前が無事でいること、
お前の居場所がこの世で一番安全であることを知った。だから探さなかったし
連れ帰ろうとしなかった。城に連れ帰ればお前の祖父がお前を利用するのは
目に見えているからな。何度か手紙でお前の状況も教えて貰った。随分助かった」

「…アガタが?手紙を?」

「まあノグの女王とは直接交流はないが、東の魔術師とはある」

「……信じられない」

サミレフの件といい、普段のアガタから想像も出来ない行動力だ。
他の家庭のように仕事をしているわけでもないのに長期間家を空ける事が多かったが
その理由がこれらだったとは。
背筋を伸ばして黙っているタクトに視線を向ければタクトも同じように考えているらしく
小さく首を横に振る。

「ついさっきもお前の手助けをしてくれと精霊を寄越した。魔女に気づかれる危険性もあるだろうに」

「えッ!?」

「こちらから連絡するのは無理だぞ。お前の足がつく」

「そうですか。あの」

「なんだ」

ユルドニオ王が兄ならば自然の摂理で年上だと言う事だ。
キリの現在の年齢でさえすでに持ち上がっているソレについておずおずと切り出してみる。

「お子さんはいらっしゃらないんですか?」

「体が弱い。無理だ。だからこうしてお前を王にと言っている」

「病気ですか?」

「まあ、そうだな」

「治らないんですか?」

「…そんなに王になるのがいやか。結構ココの景色もいいものだぞ?」

ユルドニオ王は呆れたように溜息交じりに玉座の手すりを撫でて見せた。
豪華な椅子は確かにノグとは違うが座り心地は悪そうに見えない。

「そうじゃなくて。王とかは確かにいやですけど…」

「あの〜。多分、心配しているんだと思います。ユルドニオ国王陛下の」

上手く話せないキリにしびれを切らしたタクトがそろりと手を上げて初めて口を開く。
なるべく自分が話せる丁寧な言葉を慎重選び抜いて発したので少し片言になっていた。

「…そうか」

「あ、イエ」

「なあに、お見合いじゃあるまいし。兄弟なのだからもう少し身内っぽく会話できないの?」

ユルドニオ王の母、スカラは手際よく人数分のカップに珈琲を注ぎながらコロコロ笑った。





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