「そう言う、生意気な口の利き方は私に勝ってからにしなさい」

「勝ったと思っているからしている。負けたと思うからあんたもそんな言い方するんでしょう?」

今にも火花が散りそうな空気だったが散ったのは火花ではなくて火の粉だった。
部屋中の温度が急激に上昇していって風も無いのにゆらゆらと魔女の髪が揺れる。

「生意気ね」

「そう思うならここから出して欲しいんだけどね?」

「何度も『脱走』しようとしている癖にとぼけるのが上手いわね」

「大人しくしているつもりだけど」

あっけらとアガタは言ったが魔女は結界のあちこちに小さな穴が開いているのを見逃してはいなかった。
中央の魔女と呼ばれる自分が硬く張った結界に穴を開けるなんて
中途半端な魔術師には到底出来るものではない。
今一番可能性がある人物と言えば目の前でふんぞり返っている東の魔術師だけである。
だからこそ魔女は一番にアガタを自分の結界に閉じ込めて一番脅威となり得る
力を封じた。
この世で翁の次ぎに恐ろしいのはこのアガタであった。
翁と同様、他の魔術師のように自分の力を誇示するわけでもないので何を考えているのか
掴めないというのも一つの理由だが。

「まあいいわ。お前の息子とは言え血は繋がっていないんだし、ねずみにもならないようだから。放っておいてあげる。ねえ、優しいでしょ、私?」

「そうですね、どうもありがとうございます」

「可愛いアガタ。大好きよ。翁に取られたのが本当に悔しいわ」

魔女はアガタの額に口づけると怒りを収めて部屋を出て行った。
鍵を掛ける音がしないのでいつでも出て行けるはずなのにアガタはそれでも
この部屋から出ることはできなかった。
ここだけが唯一彼自身を守ることの出来る『砦』だからだ。
器用にも魔女の結界の内側に自分の結界を張って、魔女からの攻撃も魔術の干渉も
未然に防いだことで魔女は話したり触れたりはできるが大きな魔法で攻撃することは
できなくなっていた。
アガタのささやかな抵抗である。
一緒にいる時間が増えたからか前よりも魔女に怯えなくて済んでいるのが幸いだ。
それでも恐ろしいと思うところは所々に垣間見えるし、自分だけじゃなくて
味方にいるはずの城の兵士や侍女達も一線を置いて魔女の様子を必死にうかがっている。
今はアガタに興味が向いている分、以前よりも我が儘も暴虐も少なくなり
胸を撫で下ろしているがいつどうなるか分からないと
必死にアガタを監視して一歩たりとも城から逃がすまいとしている。

ガラス張りの扉を押して庭へ出るとどこにいても変わらない風の感触に目を細める。
アガタは花壇へは行かず、庭のど真ん中にしゃがみ、適当な木の枝を拾って
もくもくと地面に魔法陣を書き出した。
魔法で魔法陣を書くと痕跡が残って使った魔法がバレてしまうので
古典的ではあるががりがりと地面の土を削って掘っていく。
魔法を使い終えたら地面を削って魔法陣を消してしまえば良いのだから証拠は残らない。

「さぁて。俺の可愛い弟子はどこまでやれてるのかな…」

魔女にあっさり見抜かれていた結界の穴から神経を研ぎ澄まして精霊に指令を送ると
精霊は安心した表情であたりを漂った。
他の魔術師と違って契約なんてしていないのだからそんな風に不安になることはないのに
と思ったがそれでもちょっぴり嬉しかった。
精霊はキリとタクトの現在地と状況を手短に伝え、アガタの指示を待った。
アガタはやや暫く考え込んでからユルドニオの王へキリを手伝うように精霊に言付けると
精霊は表情を引き締めて消えていった。
アガタには勿体ないくらいの頑張り屋でまじめな精霊だ。
無茶をしなければそれでいいと思いながら深く息を吐いて地面に掘った魔法陣を
踏んだが思いとどまる。
そっと足を浮かせて風の精霊を呼んだが一言二言つぶやいてすぐに精霊を追いやったかと思うと今度は躊躇せずにさっさと地面の魔法陣を靴で擦り消した。

「まあた面倒なやり方してるんだろうなあ、本当に馬鹿だなあ」



ふと、妻の声がしたような気がしたが頭を振ってまた広い部屋の中へ戻った。

















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