時間は少し遡り。


アガタの行動範囲は城の庭とぼーっと体を埋めるソファがあるこの大きく広い部屋である。
アガタはとにかく広い部屋の居心地の悪さに暫くの間不機嫌を周囲にまき散らしまくり、
コーツァナ城の侍女から兵士に至るまで疲弊させていった。
魔女の我が儘にアガタの八つ当たりが加わり、誰もが頭を悩ませた。
魔女に連れられてからこの間、アガタはどんなに機嫌が悪くなっていても暴れ回って
逃げようとは一度もしなかった。
魔女が惚れ込む魔力の持ち主であれば一つの抵抗も見せてもよかったのにそれをせず、
この一点だけが彼らにとって救いのようなものだった。
魔女はアガタが城から出る事、城の外へ連絡を取ることを除けばなんでも
好きなようにやらせた。
特に制限もしていないのにアガタはこの部屋と庭の2カ所からは動かず大人しくしている。
食事も毎回魔女がかいがいしく運び、身の回りの世話を焼いたりとそれはそれは
年頃の恋する乙女のようで誰もが目をむいて驚いた。
自分に刃向かった者は首を断ち、口答えすれば心臓を貫き、気に入らない者がいれば焼き殺していた魔女が。

(ほんとしんどい)

足を踏み入れた時は荒れ地であった庭も今ではアガタがいそいそと花を植えたり育てたりしてなんとか形になっている。
それを見つめて溜息を吐いたアガタはつい、と空を見上げた。
結界の外には何かを伝えようとしている自分に仕えていた精霊がふよふよと
不安げにこちらを見つめて漂っていて、今すぐにでも手を伸ばして安心させるように
撫でてあげたいとさえ思ったがそれも叶わない。

(しんどい)

誰にも触れないし誰とも話しが出来ない。
昔のアガタならばそれでもいいと思っていた時期もあったのに
今では誰でも良いから、声を聞くだけでも眺めるだけでもいいと願っている。
いつからこんな風に寂しいと思うようになったのだろう。
何かを知ったり手に入れたりするのはこんなにも苦痛だったのか。

「お前の精霊はとても忠実なのね」

「あんたのには敵わないデスヨ」

「いつからお世辞を言うようになったの?」

「あんたの知らない間に」

魔女がアガタを知らない時間の方がうんと長いので魔女はそれ以上追求せず、
ただ不適に笑って飲み物を乗せたトレーを静かにテーブルに降ろす。
慣れた手つきで二人分のコップに注いでテーブルに並べて
飲み物に添えるようにつまむ用にクッキーを置いた。

「ところであんたはどうやって本から出てきたの?まさか本をぶち破ったわけじゃないでしょう」

「知りたい?」

魔女は絡みつくような声で少女のようなしぐさを作る。
アガタは思わず顔を顰めて体を引いた。

「私の優秀な『弟子』が鍵を使って開けてくれたのよ。本当に優秀だわ。鍵を翁が持っているところまで突き止めるんだもの、本当に」

優秀、と含みのある言い方をされて魔女でなければトレーでぶん殴っているところだった。
久しぶりに腹の底から怒りが沸いてくるのを必死に抑えてアガタは押し黙る。
その翁が持っていた鍵は翁が死んでからアガタが持っていたもので、以前
アガタが出かけ、キリが一人で留守番をしている時に家に盗賊が侵入して強奪していったものだ。
その時キリは酷い暴行を受け、家に戻ったアガタは未だかつて無いほどに動揺し
必死にケガの治療をしたのだった。
幸いにもキリが精神的にダメージを受けておらず、それどころかアガタの大切なものが
盗まれた、と涙を流して謝ってきたのには頭が上がらないと初めて思ったものだ。
もう二度とあんな思いは沢山と結界を二重に張り、破られた時には
アガタが関知できるタイプのものに開発したのがその時である。

「どこの弟子なの。ソレ」

「教えないわよ。そうしたらつまらないでしょう?それにお前の弟子が
お前を助けに来るのよ。楽しいったらないわ」

「は?」

「お前も手を貸しているみたいだけども。戻りたいの?あの国に。
国に戻りたいのか、誰かのところに戻りたいのかは聞かないけど」

「……」

「あの女のどこがいいの、私の方がずっと可愛いし、強いし、アガタになんでもあげるわよ」

「俺があの人を好きなのは美人だし、弱いしなにより俺になにもくれないところだよ」

捕まっていると言う自覚が無いのか、あるのにわざとそうしているのか、
アガタはふんぞり返って魔女に負けないくらいの不適の笑みでみるみる機嫌を損ねていく魔女を睨み付けてやった。


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