はっきりしない頭をゆらゆらさせながらのろりのろりと支度をしているうちに
誰が何と指示を出しているわけでもないのにてきぱきと少年達が
キリ達の支度の手伝いをしていた。
ぱっちり目が覚めた頃には少年達と変わらない旅装束に仕上がっており
タクトもキリも思わず拍手をして少年達を褒め称えた。
朝食は適当に買って歩きながら食べるとサミレフが言ったので皆それに頷く。
一番時間が惜しいキリは一番後ろの方をタクトと並んで歩かされた。
カモフラージュの為に何人かが商人が運んでいるような大きな荷物を背負って歩く。
勿論中身は空なので軽かったがそれでも動きがいくつか制限された。
邪魔だとか、背中がかゆいだとか何人かが文句を言っていたがそのたびにサミレフが
一蹴する。
そうすると不思議とぴたりと文句がやんで、また暫くすると文句がぶーぶーと上がった。
ぐっすり眠ったので体力もかなり回復していたキリはこっそり風の精霊を呼んでみた。
すると以前と変わらない、挑戦的な態度の風の精霊王が現れて
キリの頭のあたりをふよふよとただよって現れる。

『すっかり元気になったな』

「聞きたいことがあるんだけど」

小声で話していたがサミレフが一番前を歩いていたのにもかかわらずちろりと視線を送ってきた。
少しだけ魔法が使えると言っていたので恐らく精霊が見えているのだろう。
キリは気づかなかったフリをして精霊を促した。

『ノグか?魔女といえどもあれだけ大量の人間を魔術で運ぶのは無理だからな、
歩いてか馬で移動している分まだ時間がある。今はメルンヴァの国境付近にいるが』

「…もうすぐそこだ」

『手勢はたしかにコーツァナの方が多いが、ノグの軍事力は随一だ、そう簡単に落ちない。女王ほどの軍師がコーツァナにはいないからな。本気でやり合ったら速攻でカタがつくだろう』

いくらかホッとしたのもつかの間、精霊の言葉になにかがひっかかった。
本気でやったら確かに女王は勝つかもしれない。
その代わりにコーツァナが負けるのは勝負において当たり前の結果だが、
そうなればコーツァナには沢山の犠牲が出るだろう。
もしかしたらノグにも出るかもしれない。
兵士同士だけならいざ知らず、ノグの国に攻め入っているのであれば
ノグの国民に被害が及ぶ可能性だって十分ある。
はっとして顔を上げると精霊はにまにまと笑っているだけだった。
まるで正解、と言っているようだった。

「安心しろよ、キリ。ユルドニオにもうすぐ着く。ノグの第一皇子だって言って謁見して貰えればきっとユルドニオ王が何か知恵を貸してくれる」

「えっ!キリって皇子だったの!」

「まじかよ!サミレフなんで知ってんだよ!!教えろよ!」

「うわああ、俺皇子様足蹴にしちゃったんですけど!」

一同銘々に文句をたれたがサミレフは相変わらず五月蠅いと一蹴するだけだった。
自分の身分がバレると思わなかったのでキリは慌ててあの、その、と言葉を発したが、
サミレフがあっさりまとめてしまったので違うともそうだとも言えないまま
口をつぐんだ。
少年達はキリが皇子だとわかってもそれ以上追求もせず、
ましてや態度の一つも変えずにユルドニオへ向かうのに集中した。
あんまりにも反応が淡泊でほんの少しだけ寂しい気持ちもしたが
キリはちょっぴり嬉しかった。
タクトが頭を撫でてきたのも大人しく受け入れた。
まだまだ気温は高く歩を進める度に汗だくになっていたがムクタの街よりも
いくぶん涼しさが戻ってきたような気がする。
関所に当たるユルドニオの高くそびえ立つ国壁が視界に入った頃、
道の向こうに人影がぽつりと浮かんだ。

「ガリヤ様からの選別だ」

「エラー!」

「相変わらず面白い格好してんな、お前」

「お前に関係ないだろ」

まるでそこにいるのがわかっていたかのようでサミレフは溜息交じりに
同じ顔へ皮肉を投げつけた。
エラーはつんと顔を逸らすとまっすぐキリとタクトの前へ向かう。
手のひらを出せと促されて大人しく二人が手のひらを指しだしたら
ころりと小さな石をそれぞれに乗せる。

「何コレ」

「お守りだってさ。ガリヤ様が徹夜で作ったんだ。御利益あるぞ」

「…これ、中に『なんか』いる」

「何もいない。精霊が呼応するように細工をしているだけだ。でも絶対に役に立つ。
特にそっちの剣士にはな」

「そりゃどーも」

ちらりと視線を送られたタクトが少し機嫌を損ねて素っ気なく受け取ったので
エラーは視線だけじゃなく体を向けてまっすぐに向き合った。

「意地悪で言っているんじゃない。お前、馬鹿じゃないんだから
今の状況分かってるだろ?」

「…わかった。ありがとう」

魔女の業火を目の前にしなくたって、タクトの魔力は漂う火の粉くらいにしかならない。
だから、もしキリの助けになるとしたらそれはタクトの剣術でも、魔術でもない、
身代わりとしてなのだろう。
どんなにキリが親友だと自分を大切に扱ってくれていても
命の優劣をつければ身分の差でキリが上に立つ。
それは絶対に揺らがず、キリもタクトもなんとなく口に出すのを避けている。
言葉にしてしまったらきっと、二人の間には大きな壁がそびえ立つのだ。
サミレフに促された二人はいつまでも見送ってくれるエラーをそこへ残して
ユルドニオの国壁を目指した。







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