黒く、肩よりも少し長い髪を揺らして
華奢な体つきは着ている軍服でそのラインがよくわかる。
腰にはすらりと長い剣が携えられていた。
整った顔立ちではあるが目元が少しきつい印象を受ける。

彼女は護衛のひとりもつけずにその足でそこに現れた。

「じょ、女王陛下…!」

「頭をあげよ、おまえ、キリの友人なのだろう?私はただの…キリの母だ」

両親から王宮の人間には顔をみせるものではないと幼い頃からよくよく言い含められてきたタクトにとって、兵士のみならず女王に頭を上げることなどどうしてできようか。
タクトはすぐに座り込んで頭を地面にこすりつけた。
本当ならこうして言葉を交わすことも畏れ多いのに女王はわざわざ自分の膝を折り、地面につけてタクトの肩を優しく叩く。

「陛下。一人で来たんですか?」

「お前もだ。いつになったら母と呼ぶ?」

「…そんな、無理ですって…」

とうとうタクトの頭を上げさせ、ついには立たせた女王はキリの言葉に機嫌を損ねて少年に詰め寄った。
キリが苦笑しながら首を横に振ると今度はアガタに視線を移した。

「おまえは何をしている。午後から会議をすると言ってあっただろう」

「あー。俺欠席します」

「ばか者!仮にも国の王が不在とは何事か!」

「そのための女王制」

ノグ国は建国以来ずっと女の王が国を治めてきた。
現在第16代フォレガータ・ノグ・ホウヴィネンが女王として国を守っているがそれまでの間、幾度か男を国の王としてたてようと権力争いが水面下で行われていたのも事実。
最終的にはまたこうして女王が統治しているのだがそれでも16代女王は他の王と比べて変わり者として見られている。

『未来の王、今日はどうやらこれでお開きのようだな』

「え?あ、うん。みたいだな。有り難う来てくれて」

『私も帰ります、アガタ』

「うん、また何かあったら呼ぶから」

『いつでも。主』

植物園の中の草木の葉が揺れたのと、キリとアガタが何もない場所へ話しかけたのを見てフォレガータはようやくそこに精霊がいたことに気が付く。
透明なガラスの天井に今にもくっつきそうな木の葉っぱを見上げると空で鳥が飛んでいた。

「何かいたのか」

「うん。風のね」

「あの…俺、帰ります先生…」

本当にこの場にいるのがいたたまれないのかタクトは半ば懇願するような目つきでアガタを見上げる。
そこまで怯えなくてもいいのにとキリとアガタは互いに溜息をついて肩を竦めた。

「何か用事があるのか?」

「え?いや、そう言うわけじゃありませんけど…」

「ならばキリとお茶でも飲んでいけ。今日他国の珍しい食べ物が持ち込まれたんだ。一つ食べたらうまかった。「たこ焼き」と言うらしい」

「いえっ!そんな!俺のような平民にはもったいないです!」


端から見てもタクトが今にも倒れそうなのがよくわかる。
冷や汗を浮かべて逃げ出したそうにあたりをきょろきょろするが帰るべき道は今まさに女王に遮られてしまっている。
震える手をなんとか元気づけようとタクトは鞄の肩掛けのひもをぎゅっと握った。

「うまい物を食べるのに平民も貴族も王族もあるか」

「あきらめろタクト。陛下…じゃなかった母上は食べ物の事になると特に頑固に…」

まさか女王からそんな言葉が飛び出すと思っていなかったのでタクトはびっくりして目を丸くする。
横からキリが小さな声で耳打ちしてくれたがタクトにはあまり意味はなかった。

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